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Nikonらしさ

某Nikon系掲示板に於て、D200に発生するバンディングノイズの問題が大々的にクローズアップされているが、夫々のスレッドを読んでみれば、おもわず「Nikonよ、しっかりしろ!」と言いたくなる。
このノイズ問題さえ発生しなければ、D200は素晴らしく良くできたデジイチと断言できるだけに、とても残念でならない。新製品に初期トラブルはつき物だ。しかしこの様な根底的問題を長い間放置させておくのは、企業の姿勢として非常に拙いことであるし、殆ど同時期に発表されたキヤノンのEOS・5Dがあらゆる方面より絶賛を浴びている現況を考えれば、レスポンスの悪いNikon戦略に苦言の一つでも言いたくなる。そもそも新製品の開発競争をキヤノンと張り合ってみても、企業レベルの差を考えればどうがんばっても勝てるわけがない。況してや対象がスペック至上主義の超高性能デジタル一眼レフだったら尚更だ。仮にNikonからD3Xなる次期フラッグシップ機が発表されたとしよう、するとそれから半年もしないうちに、連写性能、AF性能、AE性能、ノイズ除去性能、関連ソフトの充実度、そして駄目押しは有効画素数2,000万画素の35mmフルサイズ撮像素子を持つ、EOS・1DsMark?などと言う恐ろしい物が発表されることは予想だに付く。(これは満更仮想とは言えないのでは…)それだけキヤノンは巨大だし十二分な企業力がある。
そこでだ。決して対抗するという意味合いではないが、今後はじっくりと時間を掛けて、誰が見てもNikonらしいと思える、定番的デジタル製品ラインナップを作り出して欲しいのだ。それは通好みのメーカーならではの基本性能がしっかりしたカメラ群のことである。最重要なフラッグシップ機の撮像素子は、ずばりフルサイズを搭載して欲しい。フルサイズの是非を語る前に、先ずはEOS・1Dsの持つ撮像素子と土俵を合わせることが先決だ。何故ならばこの事はイメージ戦略の根幹であり、将来へ向かってNikonの可能性をアピールする上で最も重要なポイントになるからだ。
日本人の至上主義は並々ならぬものがあり、言い換えれば国民性と言って良い。
乗用車で例えれば、殆どの車好きは1600cc・4気筒より、2000cc・6気筒の方が良いと言う筈だ。
“大は小を兼ねる”、“大きいことは良いことだ”、等々…。
これがいわゆるスペック主義!
カメラも全く同じだ。誰だってAPS-Cサイズの小さい撮像素子より、35mmの大きいフルサイズ撮像素子の方がいいに決まっている。フラッグシップ機にはそれに相応しい「基本」が絶対に必要なのだ。
そして中堅クラスには何より「質実剛健」が望まれる。
画素数はAPS-Cサイズの1,000万画素あれば特に問題はない。その代わりにAF・AE性能等は全メーカーのクラス?1であって欲しいし、ローパスのゴミ問題も、抜本的解決策を盛り込んだ新機能を搭載してもらいたい。防水防塵はもはや当たり前の装備だ。そして長い間使えるよう、とにかく壊れにくい製品として欲しい。1999年にセンセーショナルデビューを飾ったNikon・D1に搭載された撮像素子は、たったの274万画素である。しかし今でも所有する喜び、撮る喜びに満ち溢れ、その輝きは全く失われていない。その点に於てはEOS・5Dでも敵にはならないだろう。
Nikonだけが持つ深い味わいを持つNewデジイチ群…。
難しい課題かもしれないが、デジタル全盛時代だからこそ敢えてそんなNikonらしい名器の登場が望まれるのだ。
  1. 2006/02/16(木) 14:52:52|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
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コメント

写真を愛する人のカメラを

 初めまして、D200の縞々問題は大きな関心事になりました。NIKONもSONYも関係した技術者は胃に穴が開くほどの心労だったろうと想像します(技術者の宿命でしょう)。多くの方の実写例を拝見していますと、初期のテスト画像から、次第に熟達した画像になり、最近は素晴らしい画像が標準になってきた気がします。縞々問題はNIKONとSONYにとって、良い試練だったと思います。恐らく、画像素子は原理的な改良がなされているのではないでしょうか。根本的な改善がなされば、必ずしもフルサイズの画像素子は必要ないと思えるほど素晴らしい気がします。
 思えば、人間の目はそれ程高性能でなく、ある意味では鷹にもガラガラヘビにも劣ります。人間の肌を、爬虫類だった頃の痕跡まで微細に写されても困る面もあります。心地よい適正スペックというものがあり、NIKONは、それを経験的に熟知している技術者たちがいる気がします(70歳まで残ってもらうのが恐らく正解でしょう)。
 ということで、おっしゃるように技術力はとても重要です。優秀な技術者を入れるなど技術力をさらに向上させると同時に、健全な良識とカメラへの愛情も維持してほしいですね。
  1. 2006/02/16(木) 21:35:15 |
  2. URL |
  3. 柳野 健 #-
  4. [ 編集]

超ハイクラスの「適正スペック」

 頻繁に対比されるCANON,NIKONですが、ともに、日本や世界の宝のようなカメラメーカです。異なる文化の2社が、互いに啓発し合う良きライバル関係で、共に栄えてもらいたいです。

 D200、D2Xより上のクラスの「適正スペック」は、例えば、名作写真館01白川義員「世界百名山」のサガルマータの巨大な威容(p7,8)、マチャプチャレの屹立する雪氷の山襞の画像(p5)。あのような画像が撮れる性能(フルサイズ? ダブルサイズ?)には強烈な魅力があります。日本の山々や自然を熱く撮りたいという広範なニーズがあり、それを満足させる性能には普遍的な価値があるので、超ハイクラスの「適正スペック」になる有資格者だと思います。

 でも、白川さんは物凄い人で、一瞬観たマッターホルンの奇跡の情景に魅せられて6年間マッターホルンへ通って数秒のチャンスを待つ修行をされるような、究極の映像美に命をかける人生です。そのような人のレベルのカメラは無料でも個人的には恐れ多い気がします。
 
 究極的なカメラを得たとして、最高級のプリンターで性能に見合う大きさにプリントしても飾る場所がなく、大型用紙の管理も厄介です。
 「撮果」を気軽に映して愉しむ液晶大画面が必要な気がします。最高解像度のものは、1920×1200ピクセル程度で能力不足です。しかし、人の眼はそれほど高性能ではないので、ハイビジョンTV用液晶大画面(1920×1080)に表示してみれば、十分満足すると思います。D200の記録画素は3872×2592ピクセルであることを考えると、液晶画面にはまだ2周リードでしょうか。
 自分が撮った画像を、液晶大画面で観ながらコーヒーを飲む・・・。部屋は森林浴になったり、瀑布の飛沫が舞ったり、魚鱗が光ったり・・・。思わず頬が緩みそうな至福のときでしょう。
 
 当面、D200クラスで存分に愉しみ、腕を磨いているうちに関連機器が進化、コストダウンして、やがて登場する超ハイクラスの「適正スペック」デジカメの居場所が整うような気がします。
 それまで、その後も、自然の美観や生態系が破壊されないよう祈りたいです。
  1. 2006/02/17(金) 22:14:39 |
  2. URL |
  3. 柳野 健 #-
  4. [ 編集]

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