SIGMA18-125。こいつのワイド側の周辺光量落ちは酷い。あまりに顕著な影が四隅にできるので、これは製造ミスが原因の“ケラレ”ではないかと、以前
SIGMAのサービスセンターへ電話問い合わせをしたことがある。しかし撮影した写真をメールに添付し、メーカーのスタッフへ送り検証させたところ、
――― これは光量落ちですね。何段か絞って使ってみてください。
との返答があった。これに対して納得のできなかった私は、
――― あの影が光量不足と断言するなら、そんな欠陥レンズ売るんじゃない!
と、一瞬爆発しそうになったことがある。天下の
SIGMAにしては余りにも低レベルな話だと思ったからだ。
その日からお役目御免となった18-125は、約半年の間、防湿庫で眠ることになる。
しかしだ。処分しないで眠らせたのには理由がある。軽量でコンパクトなこのレンズは、特にD1へ装着すると重量配分がとても良好になり、あのでかくて重たいD1を使ってやろうとさえ思わせる、好バランス感が生まれるのだ。こうなれば撮影自体は俄然面白くなる。
久々にD1を使いまくった先回の伊豆行では、そんな理由から再び18-125をパートナーとして選んでみた。唯、バランスは良しとしても、あのケラレはどうしても避けたかったので、意識して普段より2段程絞り込み、慎重に撮影を進めていったのである。
沼、山、渓谷と、一通りのスケジュールを消化し、自宅に戻り早速PCでモニターしてみた。
――― なるほど、これもありかな…。
広角端で撮った数枚が、中々興味深い画となっていたのだ。絞ったおかげか、ケラレは程好い暗さに変わり、それがなんともいえない渋さを醸し出している。いかにも心象風景的なタッチであり、被写体によっては大きな効果が望めそうだ。
この
SIGMA18-125。実は始めて手に入れたAPS-Cサイズのレンズで、それまでは全て従来の35mmレンズを使っていたから、周辺光量のことなど暫し忘れていたことは確かだ。Nikon・DXフォーマットにとって35mmレンズは真ん中ガブリの良いとこ取りだから、いつの頃からレンズ性能の微妙な差異などは殆ど意識しなくなっていた。
しかし世の主流であるAPS-Cのイメージサークルに合わせてきた、デジイチ専用フォーマットレンズがたくさん発売されてきたことにより、再び周辺光量や球面収差などがクローズアップされ、レンズ固有の特徴を欠点も含めて味わえるようになってきたわけだ。写道楽にとっては寧ろ好ましいことであり、各レンズメーカーの技術力や味付けが問われる面白い展開になってくるのではないだろうか。
- 2007/12/29(土) 10:34:10|
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今年も年末ジャンボを買った。これを恒例にしてから何年経つだろうか。
宝くじは夢を買うというが、全くその通りだと思う。買えば誰でも“当たるかもしれない権利”を手に入れることができ、夢も同時に我が物となる。

――― ねえねえ、宝くじ当たったら何買うの?
良く耳にする、この季節定番的な問いかけだ。
――― 1億円当たったら、先ずは3,000万円で別荘買うだろ。それから足代わりになるスクーターを買って、部屋にはステレオとテレビ、そうそうノートPCも置いておかなきゃ駄目だな。諸々締めて100万円か…。
なんて、まだ当たってもいないのに、真剣に購入プランを立て始めてしまうのは、夢の効用に他ならない。しかし夢を見ている間は理屈なしに楽しいものだ。私も今回、年末ジャンボを買う為に9,000円の大枚を叩いたのだが、その晩は「別荘 伊豆」を検索キーワードに、こいつは立地も上物もいい、ここはちょっと不便かもしれない、この値段じゃ温泉付は無理か…などと、夜な夜なネットサーフィンをしてしまったのだ。冷静に考えれば、当たったことを想定して、しっかりと物件情報の収集をするところがなんとも可笑しい。自分の好きなことや、やりたいこととなると、恐ろしいくらいに積極的になり計画性も出てくるから驚きだ。
そして更には別荘を買えたことを前提に、こんなことまで考え始めてしまうのだ。
――― 別荘を伊豆高原に買ったとして、そこへ通うとなると、ガソリン代、有料道路代、それに食事その他諸々で最低1回10,000円は見ないといけないな。ということは年53週だから、今後20年間毎週通ったとして、530,000円×20=約1,100万円掛かるんだ。あっ、それから20年間分の管理費約100万円も考えとかなきゃ。なるほど…、まあ、余裕と思うけど、この予算は忘れず別キープかな!
夢もここまで一人歩きしていくと、本当に可笑しくなる。
- 2007/12/23(日) 18:58:15|
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ひょんな装備が撮影を楽しくさせてくれる。縦位置グリップ&シャッターもそのひとつだ。
先回の撮影では久々にD1を使ってみたが、その時“いいな”と素直に思えたのは縦位置撮影の容易さ。それはD1標準装備の縦位置シャッターがもたらす快感性能に他ならない。一般のカメラを縦構えすると、肘の位置が不安定になり、手ブレの危険性が高まってくる。写真撮影の第一歩は、その手ブレを押さえる『脇締め』から始まると言われているが、この縦位置グリップがあれば、通常位置と同様にガッチリと脇を締めてカメラボディーを安定させることができ、とても理に適う。更にカメラボディーがしっかとホールドできていると、面白いようにアングルが決まるから驚いてしまう。この感覚は実際に縦位置グリップを経験した人でないと分からないかもしれないが、一度スナップ等に使ってみればその威力にびっくりすることだろう。
年末撮影大会へ向け、この機能を是非D100へも付加しようと考えている。これをきっかけにまた面白い写真が撮れそうだ。
- 2007/12/19(水) 16:01:41|
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それにしても先回のバッテリー事件は悔しかった。地団駄を踏むとは正にあの時のことを言うのだろう。
眼の前に特上の被写体が広がっているというのに、唯指をくわえて傍観しなければならない苛立ちは何ともいたたまれないことだ。更にそれが新しい伊豆を知る上で、とても意味のある撮影になると思うと、単純に“はい、そうですか”とは引き下がれない。
というわけで、翌週の休日12月6日(木)に再チャレンジを行ったのである。
私の場合、二週連続の撮影行は珍しい。体力的にも金銭的にも少々辛いからだ。それでも出掛けてしまった理由には、いつもと違う伊豆の印象に、並々ならぬ魅力を覚えてしまったことが挙げられる。
先ずは撮影貫徹のできなかった一碧湖から始めた。沼池の静かな佇まいは相変わらずで、遊歩道をのんびりと歩いて行くと、とても落ち着いた気分に浸れた。木道を渡りきった頃、木々の間に何かの動きを感じたので、じっと目を凝らして見てみれば、なんと2匹のリスを発見。レンズを向けると素早い動きで枝葉の陰に隠れてしまい、あっという間にその姿は遠ざかってしまった。当たり前だが、武蔵野の雑木林とは自然の濃度が違う。
大池が見渡せるところまで歩を進めてきたが、その先を回るには時間の関係上無理があるので、とにかく車へ引き返すことにした。次の撮影地は『滑沢渓谷』だ。

一碧湖から
大室山へ通じる一帯は多くの別荘が点在する。いつかは別荘を持ちたいと考えている私にとって、ここは目の毒であり、通過する際、“わき見運転”の連続でひやひやした。しかし、どの家に目をやってもある程度以上の造りが見受けられ、<別荘地・伊豆高原>のレベルの高さを窺えた。
大室山のリフト乗り場脇を通りかかると、案の定駐車場はがらがらだった。予定にはなかったが、時間にまだ若干の余裕があったので急遽登ってみることにした。
伊豆高原の象徴とも言うべき
大室山は、なんと火山であり、標高もしっかりと580メートルある。そして完全な単独峰だから、とにかく良く目立つ。ミキシングボールを逆さまにしたような、至極単純な山容をしているので、今まで“山”としての興味は全くそそられることがなかったが、伊豆を探求していく上で一度はチェックしなければならない存在だとは前々から感じていた。
リフトから降り周囲に目をやると、なるほど眺めはいい。360度の眺望は素晴らしくダイナミックであり、これをリフト往復料金420円で味わえると思うと、非常にリーズナブルだと言える。頂上には火山を証明するすり鉢状の噴火口があり、現在はアーチェリー場となっている。周囲にはぐるりと回ってこられる遊歩道が整備されていたので、早速歩き始めてみた。大凡1kmの行程だ。
海岸線へ目をやれば、伊東から富戸までの町並みが良く見える。なるほど、大島の眺めは最高だ。振り向くと天城山系もバッチリと見渡せる。当日は生憎の曇り空だったので、少々遠望はきつかったが、これが快晴であったならば、さぞかし感動的なパノラマとなっていたことだろう。
湯ヶ島へ抜けるのに、十数年ぶりとなる国士峠を使ってみた。
しかしこれは大きな失敗であった。道は細いは荒れてるは、眺望だって全く利かないし、おまけにタイトコーナーの連続を強いられたおかげで、ここ数週間調子のイマイチだった腰がついに悲鳴を上げてしまったのだ。
なんとか下田街道へ出た頃には、背中の方まで痛みが広がり、暫し車から降りて休憩を取らざるを得なかった。それにしても腰痛の起きる周期が、この頃やや短くなったような気がして不安である。
「滑沢渓谷バス停」を右へ入ると、駐車場と思しき空き地はかなり広いものであった。Webの観光ガイドには、どれも『駐車場なし』と記してあるので、ここは本来車を停めてはいけない場所かもしれない。
さて、渓谷へ入ると既に紅葉のピークは終ってしまったことが分かる。どちらかといえば冬枯れの様相で、辺りは何とはなしに物悲しいムードに包まれていた。
太郎杉方面へ折れた直後、何気に川に目をやると、なるほど、観光ガイドに謳ってある通り、巨大な一枚岩の上を滑るように水が流れている。若しかしてこれが滑沢川命名の由来かもしれない。しかしこの辺りも紅葉らしき色合いは殆どなく、おまけに雲が出てきて渓谷は既に夕暮れの雰囲気になりつつあった。
今まで伊豆の撮影行といえば、海、それも西海岸の漁町を中心に行ってきた。しかし今回、二週に渡る、池、山、川の撮影を終えて、伊豆の奥深い面白さを再発見したのと同時に、自分でも驚くほど写欲が高揚してきたのを自覚したのであった。
- 2007/12/13(木) 22:03:16|
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11月29日(木)、
一碧湖へ行ってきた。毎年秋には何処かしらで紅葉を撮るのだが、考えてみると、馴染み深い伊豆でトライしたことは過去に一度もなく、それではと、webの紅葉情報を参考に急遽
一碧湖へBMWを走らせた。
一碧湖は東伊豆・伊東駅の南に位置し、大池と沼池という二つの湖から構成される小さな湖である。周囲は高級別荘地、レストラン、美術館等が取り囲み、目と鼻の先にある伊東温泉街の喧騒とは対照的な、静かで落ち着いたムードが漂う。
この湖周辺で撮影を行うのは今回が初めてになるが、実に色々なことを発見し収穫となった。
ロケハンなしのいきなりなので、取りあえず撮影ポイント探しから始めたが、何も考えずに車で直接湖畔へ近づこうとすると、これが中々難しい。道があるなと思うと、ボート乗り場、リゾートホテル等と、殆どの場所が私有地で占拠されており、事実上立入り禁止である。
――― ん、 ペンション街の案内板だ。
誘導看板に従い、きれいに整備された舗装路を下っていく。湖畔に近づきつつあることは確かのようだ。
ゆっくり走りながら辺りを見回すと、どれがペンションでどれが別荘か、はたまたどれが一般住居なのか全く見分けはつかないが、やたらにお洒落でゴージャスな家ばかりが建ち並んでいる。湖と家並みを同じ視野に入れれば、羨ましいことに
一碧湖はこのエリアの住人達のプライベートレイクとなっているのが分かる。
――― おっ、あった。
下り坂が終り、更に奥へ進むと、突然左前方に木道を発見、そしてその向こう側には葦の群生が見える。やっと湖畔に到着したようだ。しかもうまい具合に駐車場らしき広場もあったので、躊躇なしに車を停め、早速撮影の準備に入った。
今回は久し振りになる『D1+SIGMA18-125』の登場だ。D1の小気味良い操作感はD100のそれを大きく上回り、毎回使う度そのメカニカルな鼓動に心が躍る。やはりそれが忘れられないから、たまに使いたくなるのだ。
木道を歩き進むと、葦の群生がかなり大規模であることに気付く。白い穂をつけ、周囲の赤や黄の紅葉と共に、これでもかと季節をアピールしている。三脚にD1を載せファインダーを覗く。そこには心擽る伊豆の秋が広がっていた。暫しImaginationの泉に浸かりきる。

――― カメラの様子が何か変だぞ?
読み込みに時間が掛かり過ぎるし、明らかにシャッター音がいつもと違う。違和感は撮影開始直後から覚えていたが、これが重大なトラブルのメッセージだとは思いもよらなかった。
100mほど歩くと水辺に近づける小道があったので、葦をクローズアップで収めようと、湿地帯のぬかるみまで分け入っていった。そして十数枚を立て続けに撮ると、突然シャッターが下りなくなったのだ。
――― はぁ? そんなばかな。
まだ40枚そこそこしか撮っていないのにバッテリー残量計はOUTを示している。これには参った。バッテリーが寿命にきているのはうすうす分かっていたが、これほど急速に駄目になるとは予測していなかったからだ。一本予備は持参していたが、そいつも寿命的には似たり寄ったり。せっかくご機嫌な撮影ポイントを見つけたというのに…。
あまり期待をせず予備バッテリーに交換して撮影を続けたが、やはり20枚も撮ると完全にシャッターが下りなくなった。なんとも残念で仕方がない。しかも目前の橋のバックには赤と黄がこの上ないバランスで陽光を浴びており、これを撮らずしては帰れない強い感情が爆発した。
――― くそ!だめもとだ。
ここは落ち着いて、一旦2本のバッテリーを懐で温めることにした。少しでも活性が戻れば後5~6枚は撮れると踏んだのだ。休憩を兼ねて15分ほど景観に浸る。
伊豆のビューポイントはそこそこにチェックしてきたと自負していたが、まだまだ押さえるべきところは数多くあり、改めて伊豆の奥深さに敬服。そして海一本やりで、山や川へ余り目を向けなかった今までが悔やまれてしょうがなかった。やはり計画性のなさが撮影機会ロスを生むのだ。
バッテリ-は十二分に温めても既に2枚撮るのが限界であった。
しかし歩けば歩くほどに展望が開け、撮り残しておきたいSceneはどんどんと増えていく。根性一発の“バッテリー温め作戦”だけでは焼け石に水的だったが、なんとか最低ラインの撮影だけは完了させたのである。
元々Nikon・D1シリーズは電気の大食いであり、これが最大の欠点となっている。D1ならまだしも、D1H、D1Xになると、相当数の予備バッテリーを用意しなければ、まともな撮影行は不可能らしい。それと純正のニッケル水素バッテリー
EN-4は寿命が短い。一本1万円以上する代物が2年そこそこで使いものにならなくなるのはいただけない。デジタルはフィルム代が掛からないからといっても、常時4本、計4万円のバッテリーを2年間でローテーションしていくのは大変な出費だ。
自宅に戻ったのは20:00過ぎであった。先ずは風呂へ入り、リラックスしたところで早速D1のデータをディスクトップへ転送させた。この瞬間はいつもワクワクする。どんな写真が撮れたのか、色は、アングルはと、心配もするが期待感も大きい。
――― ありゃー、なんで真っ黒なの?
転送されるデータが一枚ずつThumbnail表示されるが、どれも全体が真っ黒で何も写っていない。嫌な予感が走る。心を落ち着け全ての転送が終った後、Nikon viewで確認することにした。
新規に自動作成された「2007-11-29」というフォルダをダブルクリックする。
――― ゲ、ゲェェェェェェェェ!!
真っ黒だらけがずらっと並んでいるではないか。その中に埋もれるように、ほんの数枚だけまともな画がある。これはどうした事態だ? 黒いThumbnailをクリックしても、やはり黒い画面しか出てこない。総撮影枚数85枚中、ちゃんと撮れていたのは悲しいかな18枚だけ。シャッターは下りたのに、こんなことってあるのか。
――― D1もついにお釈迦?!
翌日、Nikonサービスセンターへ問い合わせたところ、D1はバッテリーの寿命が近づき内部抵抗が増大してくると、シャッターは下りても画像データを取り出せなくなることがあるそうだ。バッテリーの内部抵抗アラームの新機能は、D1X、D1Hのみファームウェアのアップデートで対策可能だが、私の愛機はD1なので、バッテリーチェックをするとなると、その都度サービスセンターへ持ち込まなければならない。まだまだ現役バリバリのD1につき、これは困った問題だ。
- 2007/12/07(金) 12:54:46|
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