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久々となる山歩き

待ち望まれていたニコンのフルサイズ・デジイチ。
2007年8月23日、D3というネーミングで、ついにメーカーの公式サイトより正式発表となった。気になる機能やスペックをチェックすれば、なるほど、完成までに長い時間を費やした真意が直ぐに分かった。こいつは正に意欲作であり、今後のニコンの方向性をしっかりと匂わせる、“らしさ”たっぷりの製品に仕上がっている。。d3

さて肝心の値段であるが、ヨドバシ価格を調べると578,000円と提示されており、ずいぶんと押さえ込んだものだと感心する。一日でも早く実写プリントをじっくり鑑賞したいものだ。
強力な物欲のターゲット登場に、早くも気持ちは揺らぎ始める。

8月24日(金)。久々となる山登りを楽しんだ。登った山は<都民の森周遊コース>で有名な三頭山。見通しの悪い山道は、ただひたすらブナの森を歩き続けることになるが、山頂(1,531m)付近の気温は20℃を切っており、下界の酷暑と比較すればまさに天国だ。
山歩きはせいぜい年に2〜3回なので、それにより足腰や心肺機能が鍛えられるということは全くない。だから毎回最初の上りにかかると必ず顎が出る。体が慣れるまでの間はかなり苦しい思いを強いられ、息は荒く、汗は滝のように流れ出す。こんな時の対処法は、あたりかまわず大袈裟にハーハーゼーゼーとやることだ。平日は登山客が少ないから、憚ることなく思いっきり唸り声を出せる。
――― ふーっ、ふーっ、はぁ、はぁ、、、きつぅぅ、、、よいしょぉ〜、どっこいしょ、、、ふぅ〜、、、
と、こんな感じだが、不思議なことにこれでずいぶんと楽になるのだ。

髪の毛の先から汗が滴り始めた頃、鞘口峠へ到着した。小休止して水分補給をするが、この時点で持参した水分の1/3を消費してしまい、予想以上の発汗に驚く。
ここから三頭山山頂までは、「ブナの路」と称する歩き易い道が続く。
興味のない人から言わせれば、自虐的とも思える山歩きだが、何をきっかけにやりだしたかというと、やはり元々は写真撮影のためだ。最初のトライは渓谷美を撮りたくて「尾白川渓谷」へチャレンジしてみた。しかしここが想定外のハードコースで、体力的には撮影どころではなかったのだが、下山し自宅へ戻り、ゆっくりと湯船に浸かり一日を思い出してみると、歩き続けた達成感や自然の懐に身を置く爽快感が蘇ってきて、また行ってみたいと強く思うようになったのだ。よってその後は白駒池、夜叉神峠、川苔山と連続して歩き回り、回が重なるにつれ次第にその面白さが掴めてくると、今度はそれを味わうが為だけに山行を計画するようになっていったのだ。mitousan.jpg

山頂に着き、辺りを見回すと、中年夫婦一組、老年夫婦一組、そして年配の女性が一人いるだけだ。彼らに軽く挨拶をした後、ベンチに腰掛け水分補給、すると瞬く間に堪らない空腹感を覚え始めた。セブンイレブンで買出したおにぎり3個を一気に平らげ、開けたばかりのお茶のペットボトルを飲み干した。山で食べるおにぎりは格別に美味い!
一息ついたらリュックから地図を取り出し、三頭大滝までのルートを確認する。ムシカリ峠から沢沿いに行くルートと、大沢山経由の遠回りルートの何れかだが、時間も早かったので、一応「深山の路」〜「石山の路」となる遠回りルートへ行くことにした。

――― これからどちらへ行かれるんですか。
向かいのベンチでやはり昼食を取っていた年配女性が声をかけてきた。
三頭大滝ですが、ムシカリに着いてから考えますと告げると、
――― それじゃ同じですね。またどこかで会えそうですね。
ちょっとした会話だったが、同じ山域に歩く人とのおしゃべりは、情報交換の意味合いも含め楽しいものだ。

山頂を出発すると、ゴールである駐車場まではずっと下り道になる。実はここからが正念場なのだ。
私の左膝は十数年前から調子が良くなく、疲労が積み重なった末に下り坂に掛かると、膝の外側にかなりな痛みが走るのだ。右足を出し、その後左足を出そうとした瞬間、膝がズキッとくる。酷くなると左股関節まで痛くなってしまうこともある。最初にこの症状を確認できたのは、18年前に群馬で行ったゴルフの社内コンペの時だ。そこのゴルフコースは17番ホールからクラブハウスに至るまでは長い下りになっているのだが、そこを下っているうちに、それまで軽い違和感だけだった左膝が、突然痛みに変わってしまったのだ。プレイの後、風呂に入ったら更に痛みが大きくなり、いざ階段を降りる段になると、手すりにしがみつき、びっこをひかないと全く歩けない状態になってしまった。今でもこの原因は分からないし、どうやって治すかももちろん分からない。誰か知っている人がいれば是非教えてもらいたいほどだ。

下り始めはいつも調子がいい。
――― 自転車通勤の効果が出たのかな…。
職場までの自転車通勤は殆ど毎日続けている。往復14kmは、もう2年半程になる。
実際にこの日は調子がよかった。ムシカリ峠まで大凡20分の下りを歩いても痛みが出てこない。これに気を良くし大沢山まで一気に歩を進めた。
深山の路まで来るハイカーはさすがに少ないのだろう、山道はやや荒れ気味で、注意深く足場を確認していかないと滑り易いところが多く、ここを通過する頃から太股と膝に掛かる負担が急速に大きくなってきた。何とか誤魔化し誤魔化し下っていったが、石山の路へ入ってからは下り傾斜が更にきつくなり、ついに左膝は悲鳴を上げてしまったのだ。今回から持参したトレッキングステッキに大きく体重を乗せ痛みをかわそうとしたのだが、何せこの痛みは体重を抜くときに出るので、症状が悪化してからでは殆ど役に立たないのが現状だ。
残念だが自転車通勤の効果は出なかったようだ。そもそも自転車は膝と腰に負担が掛からない乗り物だから、鍛えるというレベルまでには中々到達しないのだろう。

ペースを半分以下に落とし、膝をかばうように慎重に下って行った。
――― 川の音が聞こえる!
三頭大滝はもうすぐだ。沢を渡るときに小休止を取り、思いっきり川の水で顔を洗ってみた。
――― くぅ〜〜!気持ちいい!!
余りの爽快感は一時痛みを忘れるほどだ。冷たい水で顔を洗うほどに汗が引いていくのが分かり、同時に体力も戻ってきたように感じた。
相変わらず足場には気を使う山道だが、ここは一気に三頭大滝まで下ることにした。

滝見橋の真ん中から見た三頭大滝は、想像以上に優美な姿を持っていた。mitouohtaki.jpg

今回のコースのとりを飾るに相応しいインパクトがある。早速カメラに収めようとするが、山歩きに持参するのはもっぱらL3のみなので、思うようなアングルが組めず、致し方なく記録写真に留めることにした。三脚でもあればもう少々マシな画が撮れただろうが、痛む膝にこれ以上の重量増加は考えたくない。

約4時間余りの山行は「数馬の湯」でフィナーレとした。
汗が絞り出る程の重いポロシャツを脱ぎ、湯量たっぷりの温泉に浸かれば疲れはどこかへ吹っ飛ぶ。
現金なものだ、着替えをはおり帰路へつく頃には、もう次の山を探し始めた。

  1. 2007/08/30(木) 22:10:16|
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夏の一人旅

夏休みは家族で旅行。これがうちの年中行事であり、夏最大の楽しみでもある。
2003年から2005年の3年間は毎年北海道を旅し、その翌年は180度方向転換して、南海の楽園・久米島へ行ってみた。とにかくどこへ出掛けてもバカンス気分は満点で、日常から遠く離れた土地からは、決まって毎回色々な見聞と感動を得られるのだ。
ところが今夏、その楽しみな家族旅行は中止となった。理由はふたつ。娘の職場体験が盆休みに重なったことと、愛犬ロックが腰痛になってしまい、ペットホテルへ預けられなくなったことだ。こんな時は素直に諦めるしかないが、“いつも行く”ものが無くなるとやはり空虚感は漂ってしまう。しかも夏は活力が高まる行動の季節。広がる青空を横目で見過ごし、家の中で悶々とするのは耐え難いものだ。
――― どこかへ行きたい。
これが偽らざる気持ちだ。しかもこの気持ちは熱く大きい。

恐らく我慢ができなくなるだろうと、実は大まかな夏の撮影計画を数週間前より練っていたのである。しかも女房に許可を取り、八重山以来の“泊り旅”をだ。
肝心の行き先は、ずばり日本海。もう10年前になるだろうか、Y子の結婚披露宴に招待され、北陸の黒部へ行った時、非常に強い印象が心の片隅に埋め込まれたのだ。海に押し迫る北アルプス延長上の山々。そして真赤な夕陽がその斜面を染める様…。これをもう一度見たいと、ことある毎に思っていた。
kurobe-kou-turi.jpg
決行日(8/13〜14)の前日。Webの情報を頼りに、糸魚川と黒部のビジネスホテルへ片っ端から電話をかけた。旧盆で行楽のピークでもビジネスのシングルならそこそこに空いているだろうと、気軽な気持ちで当たってみたが、現実は厳しいものだった。確かに糸魚川にはいくつかの空室があったのだが、よくよく調べてみると、今回の撮影拠点としては黒部が地理的に最も便利であり、一度なりとも訪れた地の利も考慮すれば、是非ともここに部屋を取りたかった。よって糸魚川の方を仮おさえとし、とにかくエリアを黒部市内に限定した。
先ずは前述したY子の結婚披露宴会場である「ホテルアクア黒部」へ問い合わせたが、ここはシングルも含め全室空きはなし。隣町入善のエクスワイヤシティーホテルも満杯。そして3件目となる黒部駅前「芳の屋」にシングルが一部屋空いているのをつきとめた。早速予約したいと告げると、
――― 仕事?観光?
はぁ?! いきなりオヤジらしき男の馴れ馴れしい口調が飛んできた。
大体どっちだっていいじゃないか。金を払うのは客の私なんだから。
――― 遊びですよ。それより宿泊代は幾らです?
HPには\6,500〜と記してはいたが、一応念のために訊いてみた。
――― 2食付8,000円。
2食なんかいらないのに。夜は地元の飲み屋で楽しみたいのだ。
――― この季節は全て2食付にしてるんです。
なんてぶっきらぼうな言い方だ。はたしてこの旅館にCSはあるのか?!
少々の不安が過ぎる。でも、しょうがないか。選択の余地はなさそうだしな。
――― それじゃお願いします。
まあ、とにかくこれで旅の計画も何とか形になった。あとは決行のみ。

お盆の渋滞を多少なりとも避けることと、ETCの早朝割引を利用するために、いつもの通り5:00を少し回った頃、カメラ機材を載せたBMWで自宅を出発。これから旅が始まると思うと無性にワクワクする。
それにしても今年の夏は暑い。まだ6:00にもなってないというのに、BMWの外気温センサーは既に29℃を示している。黒部に到着の後、カメラを担いで町を歩き回る体力は果たして残っているのであろうか。実は夏休みに入った11日頃からやや食欲が落ちていて、おまけに腹の調子もイマイチなのである。ガッチリ食えないと炎天下の撮影はとてもしんどく、せっかく遠出をした甲斐もなくなってしまう。

中央高速は実に快適であった。やはり早目に出発をしたことが効を得たのであろう。ガラガラとは言い難いが、流れはすこぶる順調で、途中「釈迦堂PA」でゆっくり休憩を取っても、途中下車地点である「韮崎IC」へは8:00ちょうどに到着することができた。のちに確認した高速道路渋滞情報によると、出発があと1時間半遅れたなら、八王子〜相模湖間で20km近い大渋滞に巻き込まれるところだった。
出口を右折し、直ぐ左側にあるセブンイレブンで飲み物を調達すると、再び中央高速上へと戻った。これで調布IC〜韮崎ICの通常料金3,300円が半額の1,650円になった。

岡谷Jctより長野自動車道へ入ると流れは更に良くなった。これなら殆ど平日と変わらない。車速を上げて一気に豊科ICへ向かう。豊科から目的地黒部までは、一般道のみを使い延々145kmを走りきるのだ。
このルートは、まだ中央高速道が調布から勝沼までしか通っていなかった頃、セリカ1600GTVを駆り、R20をひたすら走って、塩尻峠を上り、千国街道から白馬までをドライブした青春時代想い出の道である。当時と較べれば路面も良くなり沿線の風景も随分と変わってしまったが、大町辺りからその威容を見せつける北アルプス連峰の山々を眺めていると、一瞬のうちにその時代の情景が蘇える。特に20代の頃は「森村誠一」を好んで読んでおり、山好きな彼の作品には幾度も「大町」「北アルプス」が登場してきて、当時強い影響を受けていた私にとって、大町周辺は色々な感受性が交差する別格なエリアとなっているのだ。

白馬から先は初体験の道となる。もうひと踏んばりすれば、夏の日本海が見えてくるのだ。
小谷村に入る頃から、やたらとトンネルが多くなる。道も沿道も至極単調で面白みは殆どない。しかしこれだけのトンネルを開通するには、ずいぶんと手間隙が掛かったことだろう。
kurobe-yuusui.jpg
山を下りきると目と鼻の先は糸魚川だ。町並みが色濃くなってくると、ついにここまで来たのだと、達成感さえ覚えてしまう。依然食欲はなかったが、既に12:00を回っていたので食堂を探してみたのだが、これが中々見つからない。なんだかんだで海の目前まで来てしまった。
――― おっ、ガストがあるじゃん。
疲れているときは、地元の食事処より慣れていてメニューの豊富なファミレスの方がありがたい場合がある。糸魚川到着がジャスト12:30だったので、店はかなり混んでいたが、ウェイティングノートに名前を記入しのんびりと待つことにした。
しばらくしてテーブルに通され、メニューを開くと、「夏のおすすめメニュー」の文字が飛び込んだ。
――― 「冷やし坦坦麺」、こいつはいいや!
食欲のないときにうってつけの食べ物だ。冷たくて辛いものは喉を通りやすい。さっそくそれとドリンクバーを注文する。温かい煎茶を啜りながら、今日これまでの道程をメモに記入していく。私はこれを慣例としているが、このひと時がなんとも楽しいのである。見聞きしたことを落ち着いて咀嚼すれば、思い出は実に深く心に刻まれるのだ。
――― お待たせいたしましたー。
きたきた。こいつは美味そうだ。見た目からして食えそうである。少々麺が柔らかだったが、ソースの辛味が弱った胃腸に活を入れてくれる感じで、どんどん箸が進んだ。美味いと感じながら食べ物が体の中へ入っていくと、不思議と力が湧いてくる。もう一杯お茶を飲み、1時間弱ほど休んでいたら、嬉しいことにムクムクと体力が蘇ってきた。
――― これなら黒部へ着いてからも歩けるな。

15:00少し過ぎに芳の屋へ到着した。
あのぶっきらぼうなオジサンに会えると思うと、無性に期待感が高まってくる。BMWから荷物を降ろし玄関へ回った。
――― こんにちは。
その声に反応するが如く現れたのは、口髭をはやしたガッチリ体型のオジサン、いやいやオーナーであった。
――― 早かったんだね。これからどこか観光する?
予約の電話の際に、お盆渋滞で到着が遅くなるかもしれないと伝えてあったのだ。
――― 時間があるから、その辺をぶらぶら回ってみようかな。
それより先ずは部屋で一服したかった。落ち着いて撮影ポイントを考えようと思ったのだ。
――― それじゃね、ここ行って。黒部の湧水群。
黒部市内には、いたるところに湧水が湧き出していて、現在もこの水を飲用や野菜・衣類を洗うのに利用しているという。まあ、そこは最初から目をつけていたポイントであり、オーナーのアドバイスを素直に受けることにした。
――― これ地図ね。簡単だから。ここと、この辺かな。ここもいいよ。
物凄くアバウトな説明である。若干地の利があるので、うんうんと頷いてしまったが、そうでなければ非常に分かり辛い。方向音痴の人だったら、確実に行き着くことは不可能だろう。
――― はい、これ鍵ね。2階だから。それと夕飯は6時からね。
せっつかれるように部屋へ行き、とにかく身支度をすることにした。オーナーに貰った湧水群地図を開き、回る順序を考えていると、部屋の電話が鳴った。受話器を取ると、
――― いいとこあるよ。埋没林博物館。下に来たら教えるね。
そう言い放つといきなり電話を切られてしまった。
いい人なのだろうが、オーナーは一風変わっている。利用客からすれば、好き嫌いが出てしまうタイプだろう。

埋没林博物館は隣町である魚津にあった。ここで知ったことは、埋没林の意味と、魚津が日本屈指の蜃気楼の見える場所だということ。黒部から魚津に至る海岸線は「蜃気楼ロード」とも呼ばれている。
博物館を出るとき既に時刻は17:00を回っており、辺りは夕刻へと変わり始めようとしていた。足早に黒部湧水群へと向かう。
それにしても黒部の道は覚えやすい。眼前が海、背は山、そしてその間を南北に北陸本線、国道8号線、北陸自動車道が走っているから、大まかな方向は見間違えない。規模に相違はあるが、何となく西宮・神戸辺りと似たところがあるかもしれない。
さて、湧水群は「生地・いくぢ」という町にあるのだが、地元生地の人達はこの湧水のことを「清水・しょうず」と呼んでいる。位置的には黒部漁港をぐるり囲んだ一帯で、歩いて回るとここが典型的な“田舎の港町”であることが分かり、この手が好きな方には大うけなところだろう。もちろん私も一発でこの町が好きになってしまった。清水のある町の風景ももちろんいいが、何気に漁港で釣り糸を垂れる十数人の老若男女を見ていたら、子供の頃の沼津港を思い出し、気がつけば暫し記憶のページを捲っていた。

18:30に芳の屋へ戻り、何はともあれ風呂に浸かった。
――― ん〜、気持ちいい。
思わず漏れてしまったせりふである。
さっきまで炎天下の中を歩き続けていたから、着ているものは全て重くなるほどに汗を吸い込んでおり、黒のポロシャツなどは塩を噴いて白色の筋がいたるところに浮き出しているありさまだ。だからそれを全部脱ぎ去り、息を吐きつつ湯船に沈み込めばもう極楽である。
風呂から上がると早速夕食だ。
――― ビール下さい。
胃腸の調子も良くなった上に、搾るほどの汗をかいたから、この一杯は実に良く滲みこんだ。軽く酔いが回ってくると気持ちも開放的になり、旅に出た充実感に改めて浸ることができたのである。
――― 埋没林は行った?
近づいてきたオーナーは機嫌の良さそうな顔を向けた。
――― 行ったよ。案外良かったし、湧水もいっぱい飲んできたよ。
実際、清水は美味かった。程好い冷たさが心地よく、その味わいはあくまでもまろやかで甘いのだ。
――― ところでさ、オーナーは幾つなの?
同年代じゃないかと直感したから聞いてみた。
――― 今年で58だよ。
ちょっと上だったが、同世代ともいえる年齢差だ。この辺の会話を皮切りに、我々の距離はぐっと近づいた。黒部は元々の地元ではなく、徳島から移り住んできたこと、息子がいてオートバイに乗っていること、そしてオーナー自身も昔XL125を所有していて、渓流釣りに行くときに愛用していたこと。
知ってしまえば楽しい人だ。当日もオーナーのファンと思しき常連釣り人客3名が泊っていた。
黒部も厳しい熱帯夜ではあったが、心地よい酔いと歩き回った疲労が上手くミックスし、全てをフォーマットできるような深い眠りにつくことができた。

旅とは斯くの如く面白いものだ。初めての土地に心を躍らせ、人との出会いにより己を見つめなおせる妙。
これこそFantasticではなかろうか。
torokko-tetudou.jpg
二日目は黒部峡谷鉄道、通称「トロッコ電車」を満喫した。宇奈月から終点欅平までの20.1kmは渓谷美の連続であり、同時に電力需要を満たすが為に、人間が厳しい自然に分け入った痕跡を見ることができる。
唯、ここはかなりの人気観光スポットとなっているので、切符を買って直ぐに乗れるというわけにはいかない。電車は全て定員制で、“何時発、どこ車両”が明記された整理券を貰うことになる。今回の待ち時間は約40分だったが、宇奈月の温泉街をのんびりと散歩スナップしていたら時間は簡単につぶせた。
――― いやいや、けっこうしんどいな。
景観良し、雰囲気良しのトロッコ電車だが、終点欅平までの所要時間はなんと1時間20分もかかる。更に超満席で窮屈な上に、座席は背もたれのない幅40cmほどのシンプルなものだから、この状態でガタンゴトンと往復3時間弱も揺られたならば疲れないわけがない。まあこの電車、元を辿れば資材運搬用なのだから、野趣があって当然だし、またそれがいいのかもしれない。何れにせよ黒部の峡谷は一見の価値があり、夏から紅葉の季節に至っては、万人にお奨めできる、この地区の“ナンバー1観光スポット”に違いない。

帰路は上高地を抜け、諏訪に至るコースを考えていたが、昼飯をとったのが13:00を過ぎてしまい、ガソリン給油などを終え、なんだかんだ黒部の町を出発できたのは14:30になってしまったので、カーブが少なく運転が楽な往路をそのまま引き返すことにした。

駆け足な二日間であったが、日本海というフィルターを通し、海、山、川を大いに味わうことができ、また芳の屋のオーナーをはじめ、色々な人達との出会いも嬉しかった。改めて一人旅の楽しさを噛み締められ、実に有意義な夏の黒部行であった。

今回はもう一つ明記したいことがある。それはリーズナブルに済ませた旅の経費である。
<以下は全て二日分>
有料道路代:7,350円(ETC割引を大いに利用する)
ガソリン代:約10,000円(燃比10.8km/L)
宿代:8,550円(2食付+ビール代)
トロッコ電車+駐車場代:3,780円
昼食2回分+おやつ、その他:約5,000円
宇奈月饅頭:2,100円
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合計36,780円
  1. 2007/08/19(日) 23:36:14|
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柴又

8月11日(土)は夏休みの初日。女房と休みが合ったので、二人で柴又へ出かけてみた。
ここは「男はつらいよ・車寅次郎」の世界であり、何と言っても柴又帝釈天が有名だ。
――― 柴又へ団子食べに行こうよ。
なんで団子なのかよく分からなかったが、女房のこの一声で柴又行が決まった。それに柴又は過去に訪れたことのない町なので直ぐに興味は膨らんで行った。
柴又=寅さん=下町」というイメージだけがリンクするが、帝釈天の直ぐ東側を流れる江戸川の向こう岸は千葉県である。だから三鷹から電車で行くと意外に遠い感じがした。使った路線は、三鷹〜神田〜日暮里〜金町〜柴又で、所要時間は1時間を越える。
unagi

――― ん〜、なるほど。
改札を出て柴又の駅前を見回すと“東京の下町”がドッと押し寄せてくる。先ずは寅さんの銅像がいい場所に立っている。殆どの観光客がカメラを取り出し記念撮影をしている様を見ると、ここが特別な場所だと実感できる。駅前からそのまま道なりに進むと、柴又街道を横断し参道へ入る。
――― こりゃ、寅さんのセットまんまだな。
実にNostalgicで下町チックだ。デジイチを構え、じっくりとアングルを探したくなるほどナイスな具材が溢れていて、またそれらが真夏の焼けるような日差しに不思議とマッチしていることに気づく。女房も店舗の軒先を眺めながら、ゆっくりと歩いていた。
――― お腹空いたから、何か食べよう。
川魚料理の看板を見とめた時、ふと女房が言った。その店は「川千家」といって、何と創業250年の老舗中の老舗だった。映画「男はつらいよ」では何度も撮影の舞台となり、柴又で川魚料理と言ったらこの店を指すほどだそうだ。清潔な店内と明るい接客で第一印象は上々である。
――― それじゃ、“鰻重・梅”ふたつと、中生お願いします。
腹は程好く減っていたし、炎天下を歩いたから喉はからからである。直ぐに運ばれてきた生ビールを透かさずググッとながしこむ。
――― 美味い!
これは醍醐味である。軽い酔いが回ってくるのを楽しみながら、「格別」という言葉を反芻するのであった。
――― お待たせしましたー。
20分少々たって、待ちに待った鰻が運ばれてきた。
――― えー?!そっちじゃないだろ。
若い仲居さんは、何と我々より後に注文した年配二人組みのテーブルへ、ふたつの重箱を置いていったのである。
――― そんな馬鹿な。
これは確実に間違いである。究極に腹が減っていたので、既に落ち着いてはいられない状況だ。
――― すみません!!ご注文と違うお品をもってきてしまいました!
年配の仲居さんが飛んできて、先ほどの年配客へ何度も何度も頭を下げている。
――― いいですよこれで。山椒もかけちゃったからね。
温和そうな年配客はそう言って食事を続けた。
やはりあの重箱は我々の「梅」だったのだ。実は私は聞いていた。隣の年配二人組みは「竹」をふたつ注文していたのだ。
となると、「竹」は何処に?!

――― どーも大変お待たせいたしましたぁー!
間もなくして先ほどの年配仲居さんが強力な営業スマイルと共に鰻重ふたつを運んできた。テーブルに盆を置いたと同時に、そっと顔を近づけ彼女は小声で言った、
――― これ、「竹」ですが、お召し上がりください…。
ニヤリである。せこいが「竹」だと思うと食への期待感は急上昇である。蓋を開け、大きく身を取ると口に運んだ。タレを薄味にし、鰻そのものの味を前面に出した上品な味はさすがに老舗のものであり、冷たいビールとのマッチングは言うまでもない。舌を蕩けさす下町グッドランチである。
takagiya

さて、下町味探索はこれで終らない。当初の主目的である団子を食さないと終わりにはできないのだ。
帝釈天を観光した後、デザートにと、草団子のディスプレーが見事だった「高木屋老舗」へ入ってみた。店内には、寅さんシリーズの歴代マドンナとスタッフがいっしょに写っている写真が数多く張ってあり、この店も映画「男はつらいよ」とは切っても切り離せない存在にあることがよく分かった。
色々な団子を食べてみたかったが、鰻で大満腹直後だったので、草だんご、焼だんご、磯おとめが夫々2本ずつ乗っているミックスを注文した。
いやはや、できたての団子は絶品である!予想よりはるかにやわらかくて風味がいいから、自然と食が進んでしまう。あっという間に平らげ、お茶で流した。

やはり【百聞は一見にしかず】である。
こんな些細な柴又行であったが、やはり行動し体験すれば確実に見聞は広がり心の糧となるものだ。
またひとついいところ発見してしまった。
  1. 2007/08/12(日) 18:45:45|
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大菩薩ライン

家を出てしばらくすると、
――― いけね、MD忘れた!
二日前に「クリフォード・ブラウン」をCDからダビングしたばかりだった。
こいつを車内でガンガン聴きたかったのに…。
一度は引き返そうとも思ったが、既に関前橋まで来ていたので、このままBMWを走らせることにした。
今日は数年ぶりとなる大菩薩ラインへ向かうのだ。
――― ほかのMDなんかあったっけな。
グローブボックスを漁ってみたら、出てきたのはサザン。
――― ん〜、、今日の気分はクワタじゃないな。
現在使用のカーステレオは、純正装備の平均的レードのものなので、音質はお世辞にも良いとは言えないが、E36と比べると今のBMW・E46はキャビンの密閉性が随分と向上している為に、高速道路を走っている時でも細かな音がはっきりと聞き取れ、臨場感は数段上をいくものになっている。
だからクリフォード・ブラウンをガンガン流せば、気分はジャズクラブ!という感じになる筈だった。大菩薩の湯

適度なクネクネ道を走るとドライブも楽しい。
なぜかこの頃奥多摩エリアに嵌ってしまって、用事のない休日には何となくそちら方面へ足が向いてしまう。
そして奥多摩にはバイクや車で走るととても気分が良くなる道がたくさんあるのだが、なかでも今回の大菩薩ラインは、深山を行く趣が強く、迫り来る自然の景観に見とれ、思わず車の中で深呼吸をしてしまうほどの素晴らしさなのだ。
――― あそこで休憩するか。
道に沿って流れる渓流に小さな橋がかかっているのが見えた。
路肩に車を停めて車外に出ると、そこは川の流れる音と小鳥のさえずりしかない世界があり、橋の中央まで歩き、欄干から下を覗き込むと、清冽極まる水の中に僅かな魚影も認めることができた。
東京の奥深さに脱帽である。

必ずといって立ち寄る柳沢峠の茶屋であるが、今回はパスをした。
せっかくここまで来たのだから、初となる「大菩薩の湯」へ寄ってみたかったからだ。

――― こんなところにあったんだ。
昔の記憶にはない急斜面にそれはあった。
しかしこの温泉施設、一体いつ頃できたのだろう。私がZXRでこの辺を走り回っていた頃にはなかった建物である。ということは2000年以降に作られたのだろう。中へ入っても比較的新しい感じがした。
――― あ〜、腹減った。何か食べよう。
入口正面にある軽食コーナーでラーメンを注文した。
待っている間に施設をぐるりと見回してみたが、利用客は少ない。ウィークデーだからとは思うのだが、その閑散度は「もえぎの湯」や「小菅の湯」の比ではない。ほとんどの客が老人で、しかも彼らは休憩コーナーで転寝状態だから、館内は異常なまでに静かなのだ。恐らくここは地元民の憩いの場として根付いているのであろう。
食後直ぐに露天風呂へ行ってみたが、ここもがらんとしていた。最初、父親と小さな子供二人がいたのだが、彼らが出て行ってからその後の30分間、私一人で湯船を独占できたのである。ぬるめの湯にゆっくりと浸かり、心身ともにリラックスすることができた。平日休みのありがたさをここでも実感。

CDチェンジャーに入れっぱなしだった「鈴木雅之」。これが帰りの中央高速で心地よく流れた。
  1. 2007/08/04(土) 22:53:46|
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