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山口県光市・母子殺人事件

1999年4月14日午後2時半頃。当時18歳の少年が山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入る。
排水検査を装って居間に侵入した少年は、女性を引き倒し馬乗りになって暴行を加えようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。
その後、少年は女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘を床にたたきつけるなどした上、首にひもを巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押し入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。

『山口県光市・母子殺人事件』の第2回公判が行われた。

この公判の詳細が新聞、ネットニュースなどに公開されたが、読めば読むほど腹が煮え繰り返る内容だ。被告人及び弁護側は殺意を全面否定しているが、この事件の核心を考えるに際し、殺意の有無はさほど重要なことではないように思う。最も目を向けなければならない部分は、実際に行われた行為と結果だ。

…馬鹿な弁護団は言っている。

「強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた」と。

――― 優しくしてもらいたいということだけで、見ず知らぬ他人に抱きつくことは重大な犯罪だ。そもそも冷静に考えれば、抱きつくだけで終る筈がない。私が被害者の立場で、その時刃物等が手に届くところにあったならば、反射的に刺しているだろう。いきなり自宅内に浸入し、凶器さえも持っていると考えられる者が抱きついてきたら、刺して死に至らしめても過剰防衛にはならない。裏返せばそれだけ重大な犯罪なのだ。

「(娘を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ」と。

――― 子供を泣き止ますのに、紐で首に蝶々結びをしたら、世の中の子供は全員死んでしまう。再三だが、この行為は立派な殺人である。

娘の遺体を押し入れに入れた理由について、「何でも願いをかなえてくれる場所だと思っていた。ドラえもんがなんとかしてくれると思った」と。――― こんな無茶苦茶な言い訳を弁護士が法廷で真面目に主張すること自体が異常。
“押し入れ”がそれ程好い所なら、ドラえもんの縫いぐるみを抱かして、一生押し入れにぶち込んでおけばいい。

水道屋の格好をしたのはコスプレの趣味であり、計画的な犯行ではない。
――― この言い訳がまかり通るなら、1968年12月10日、東京都府中市で発生した3億円強奪犯はコスプレの趣味があり、あの周到であると思われた犯行は計画的ではないということになる。

死後に姦淫したことは、被告が死者を生き返らせようと思ってやったこと。
――― やはりこんな馬鹿げた理由を真面目に連発する弁護団の精神鑑定が必要だ。

(検察は)被告人を極悪非道の殺人者に仕立て上げ、死刑にしようとしている。
――― いやいや、死刑にすることは前述の通り至極当たり前の処置。被告人は間違いなく極悪非道であり、最早世の中には不要の人間と言っていい。まともな人であれば、この罪が死んでも許されないレベルにあることは直ぐに分かる筈だ。
  1. 2007/06/28(木) 13:30:53|
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ミニ家庭菜園

ミニ家庭菜園が順調に育っている。日が経つにつれ芽がすくすく大きくなっていくと、毎日の水やりにも張り合いが出る。しゃがんでじっくりと観察すると、朝の陽光が葉の緑を生き生きと発色させ、小さいがはっきりとした生命力を感じることができ、何だかとても不思議な気分になってしまう。
最近はこんな感じで軌道に乗っているわけだが、手始めた頃はどうなるかと思ったことも屡である。
水菜の方は種を蒔いて僅か4~5日で発芽したのだが、一方パセリは待てど暮らせど発芽の兆候が見られず、
――― 土が合わないのかな、、、水のやり過ぎかな、、、
等と、素人ならではの疑問や不安が渦巻いた。
そして極々小さい双葉が顔を出したのは、水菜の発芽から遅れること1週間。
――― ほほう、やったね。
paseri

双葉の段階ではあのパセリ独特のぎざぎざした葉ではないので、これは雑草の種がどこからか飛んできて、それが発芽したのではないかと勘繰りもしたが、やはり土の中から出てきたことには感動だ。そこから更に数日が過ぎ、やっとあのパセリの葉を確認。ここで漸くほっとすることができたのである。

今日はJマートへ行って新しいプランターと“べんり菜”の種を買ってきた。このべんり菜という野菜は、小松菜とチンゲンサイをかけ合わせたものらしく、栄養的には両者のものを受け継いでいる優れものだそうだ。健康オタクの私にとっては見逃せない野菜と言える。
今回は発育促進の為、庭の土だけではなく、栄養価の高い黒土を半分ほど混ぜたものに種を仕込んでみた。
また楽しみが一つ増えたー!
  1. 2007/06/21(木) 22:03:25|
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弓ヶ浜・夢想

入梅したと思ったら快晴が続いている。全く変だ。
Wikipediaによれば、梅雨とは“北海道と小笠原諸島を除く日本や朝鮮半島南部、華南や華中の沿海部や台湾において見られる特有の気象。”だそうで、一般には梅雨前線の影響で生じるといわれている。
気象学でいう“前線”とは寒気と暖気の境界線のことだが、ここには梅雨前線固有の特徴は記述されていない。
まあ、難しいことは抜きにして、一年ぶりである暑い季節の到来は大いに歓迎である。真夏のジリジリした強い日射は、私にとってどうやら行動力を高める作用があるようで、日中の気温が30℃を超えると、正直じっとしていられなくなる。

yumigahama.jpg

――― 毎年この頃に沸々と夢想する。
梅雨明け前の6月に、伊豆半島の先端である弓ヶ浜へ出掛けてみる。
BMWにはサマーベットを必ず積んで、あとはスイムパンツにサンオイル、それとバスローブと好きな小説も忘れずバックに入れる。出発時刻は早ければ早いほどいい。午前9時までにはビーチへ着きたいからだ。
だだっ広いが人気のない弓ヶ浜。ここに身を置くだけで爽快な気分になれるし、何ともいえない嬉しさが湧いてくる。
ちょっと冷たいだろうが、誰一人として泳いでない海へ入ってみる。これで伊豆半島一番のビーチを独占したことになる。
――― 何て気持ちがいいんだ。
海から上がると木陰を探し一眠り。これがまた極楽だ。
午後になり体全体がやや火照ってきたら、海開き後に使う町営のシャワーをこっそりと拝借。
遅い昼食はやはりラーメン。満腹になったらゆっくりのんびり帰路につく。

こんなことを毎年考えているし、また実行しようとも思ったことがあるが、何故かこの頃には野暮用が集中したり、天気が悪かったりと、中々侭ならないのが現実だ。
どうだろう。今年は夢想だけで終らせることなく、やるか…。
  1. 2007/06/19(火) 22:47:52|
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日光山

爽やかな気候が続いている。最高気温も23〜27℃程で、朝夕などは涼しいと感じる位だ。何をやっても気持ちよく、特にアウトドアへは積極的にチャレンジしたくなる。
唯、こんな過ごしやすい日々は短いもので、今年はやや遅れているが、もうすぐ憂鬱な梅雨がやってくる。そして梅雨が上がれば灼熱の夏ってわけだ。

6月6日(水)。こんな気分のいい季節の中、先月のイベントツーリングで走った川治・日光の景色が忘れられず、D100+VRで日帰り撮影行と決め込んだ。

ETCの早朝割引を使うため、自宅を5:00過ぎに出発する。案の定練馬の住宅街も外環もがらがらだ。東北道も順調に流れ、割引条件である距離100kmをキープする為、宇都宮手前の「鹿沼IC」で降りた。ここからは日光杉並木で有名なR121でひたすら鬼怒川温泉を目指す。この辺りは道路案内板が実に分かり易く設置してあり、何ひとつ迷うことなく運転をすることができた。地方によっては頭にくるほど分かり辛いところがあるから、とてもありがたかった。
7:05今市へ到着。小腹も減ったので、コンビニで本日初の休憩を取った。ハム&レタスサンドがジューシーで美味かった。
今日は一日中撮り捲くるぞ!と心に決めてきたので、ゆっくり休むこともなく出発することにした。
そのままR121で川治まで足を延ばすと、適当なところで車を停め、辺りをちょっとだけ歩いてみた。すると川治の温泉街は意外な程にphotogenicなムードに溢れていることを発見。
古い商店の前でお婆さん二人がお喋りをしている。
街中を流れる清流の中で一人の釣り人が糸を垂れている。
路地あり、坂あり、、、
私がイメージする温泉街そのものである。
実は私の母親の実家が目と鼻の先の鬼怒川にあり、家の場所は何と温泉街のど真ん中。子供の頃母親に連れられ訪れた時は、観光地の賑やかさと同時に夏の夜にカはブトムシが空を飛ぶという、東京にはないピュアな田舎を痛烈に感じワクワクしてしょうがなかった。今持っている温泉街感はこの頃に染み付いたものだろう。
今回は時間の関係で割愛してしまったが、チャンスがあれば是非ともじっくりと被写体を探してみたい。

heike-taisai.jpg

R121を左折し湯西川沿いに標高を上げていく。
ここからは単調な山道になるが、アスファルト路面の状態が良くなく、BMWのハードなサスペンションでは少々シンドイものがある。しかし深山に入り込んだという実感と共に、平家落人の里・湯西川温泉郷への期待は大きく膨らんでいく。
道の駅・湯西川から15kmも走っただろうか、やっと温泉郷らしきものが見え始めてきた。
――― んっ? 随分と人が多いな。
湯西川温泉への第一印象だ。
――― そう言えば、道の駅でどこかのおっさんが、“祭りは何時から?”と土産店の店員に訊いていた。
温泉街を見回せば、いたるところにのぼりが立っていて、ちょうど今日から【平家大祭】なるものが開催されることが判明。こいつは実にグッドタイミング! しかも後1時間ほどすると平家武将に扮した大勢の人達による行列が始まるというのだ。
この行列を待つ間、裏路地も含め、温泉街の色々なところに足を踏み入れてみた。
川沿いには古い温泉旅館が何件か軒を並べていて、どこも川縁に露天風呂を備えている。ところがこの露天風呂がやけにアバウトな作りになっていて、川を渡る橋に立てばその全てが見渡せてしまう。湯西川の露天を堪能するとなると、老人や男性ならまだしも、若い女性にはかなりの覚悟と勇気が必要となるだろう。
小一時間ほど歩き回ってみた感想をまとめると、“開発途上の温泉町”。
山深いところではあるものの、開発進行中な部分が多々目立っていて、方向性によってはつかみ所のない温泉町になる危険性もある。まあ、今のところ自然は豊かだから子供には大うけ間違いない。

待ちに待った行列だが、不運なことに直前になって雨が降り出してきた。それもかなり強い降り方だ。後ろ髪を引かれる思いであったが、午後には日光も取材したかったので、ここはきっぱりと諦めBMWを停めた町営無料駐車場へと引き返すことにした。

hiyasiyubasoba.jpg

湯西川温泉を出発しR23へ至るまでの一帯は、山が険しく大自然の真っ只中という感じ。唯、バイクツーリングのコースとして考えると失格だ。とにかく舗装が悪くて、車ならまだしも、バイクだとバンピー過ぎて転倒の危険性が出てくるレベルなのだ。地理的にはとても都合がいいのでちょっと残念。
霧降道路を下る頃になって、それまで滝のように降っていた雨が徐々に小康状態となってきた。
――― このままいけば日光では何とか撮影ができそうだ。
そう思うと空腹感を覚え、何を食べようかと考え始めた。
市内に入ると雨は殆ど上がってしまい、青空も見え始めてきた。こいつはラッキー!
日光山駐車場へ車を置き、早速辺りの食堂をチェックする。暫くして斜向かいに、そば・うどん・ゆば料理と暖簾に記した「いずみや」という店を発見。考えることもなく店内に入ると、一組の家族連れがちょうど食事を終え勘定をしているところだった。
出された茶を飲みながらメニューを眺める。「冷やしゆばそば」がおすすめとなっていたので、迷わずそれを注文。待つ間は写真のチェックをした。

――― ?!
納得のできるショットが中々見つからない。やはり平家行列を捉えられなかったことに悔いが残る。まあ、漠然とした湯西川の雰囲気だけは記録できたと思うので、まあ、これはこれで良しとしよう。
――― でも、あの雨じゃ何にもできなかったよな…。
自問自答が続く。

運ばれてきた「冷やしゆばそば」は意外にも美味だった。冷たくて喉越しがいい麺と、うま汁が滲みこんだゆばとのマッチングは正に日本食の真骨頂。また食べたいと素直に思った。
いずみやのおばさんから日光山参拝図を貰うと、そのまま駐車場脇の急な石段を上がり、受付所にて拝観券を購入。私の“Discovery日光山”がスタートだ。

gaijin1.jpg

平日なのにやたらと人が多いのは、さすがの観光地・日光か。
境内へ入ると外国人観光客が目立つ。放つ言葉から韓国人・中国人などは分かるのだが、意外にも欧米人が多いからびっくりする。彼らの目には東洋の神秘がどの様な感覚で映っているのだろう。
三仏堂で仰ぎ見る、千手観世音菩薩、阿弥陀如来、馬頭観世音菩薩の三尊坐像は、日本人の私が見ても圧巻であり、仏教の壮大さに思わず溜息が出てしまう程だから、前を歩いていた白人の団体客はさぞかし強烈なインパクトを受けたに違いない。
表に出ると、次は東照宮だ。広い参道をまっすぐ歩いていくと、何故だか心が引き締まってくる。
拝観券を買って東照宮境内に入ると、修学旅行らしき小学生の集団に出くわし暫し圧倒される。現在は分からないが、昔、東京の小学生といえば、決まって修学旅行の行き先は日光だった。私はその頃沼津の小学校に通っていたので、修学旅行は東京名所めぐりであった。

陽明門の前で足が止まる。余りにも見事な彫刻の数々に目が釘付けになったからだ。説明によれば有名な眠り猫、三匹の猿等を筆頭に、この数々の動物達の彫刻は全て平和のシンボルなのだそうだ。
仏教芸術恐るべし!

神社仏閣をこうしてじっくりと見回ったのは何年ぶりだろう。若しかすると学生時代以来ではなかろうか。元々それほど興味のある分野ではないので、普通こんな時は、足早にさっと流す程度で終らせてしまうのだが、今回の目的はあくまでも撮影だったので、目線は細かなところまでグングンと入っていく。
逍遥園の庭園では、雨上がりで水滴の付いた池縁の葉へ、三仏堂では千手観音の圧倒的な慈悲へ、東照宮では幸せの象徴である動物の彫刻へ、そして大猷院では静けさと濡れて光る苔へ。
“形ある歴史”に浸りこんだ3時間弱。ここで何より感じたことはやはり仏教芸術の素晴らしさだ。その奥深さと自由度の高い解釈はImaginationの極みであり、更にそれを創り上げた当時の権力者と仏教の力に対し只ならぬ関心と共に畏怖をも覚えたのである。

――― しかし、よく歩いた。
気がつくと足は棒のようになっていた。D100の撮影カウンターは既に399枚と表示されている。
――― 今日は大満足。
  1. 2007/06/14(木) 23:11:19|
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