MK Digital Photo Gallery/Word

【MK Digital Photo Gallery】がメインページなので 、下記Linksをクリックしてください。

胃カメラ

生まれて初めて胃カメラを呑んだ。
胃カメラの正式名は“上部消化管内視鏡検査” というそうだが、何れにせよそのイメージは芳しくない。直ぐに「苦しい」「痛い」「辛い」等が連想され、できれば避けたい検査のひとつに挙げられるだろう。

今回の胃カメラ事件は3月20日に行った人間ドックの結果に端を発している。昨年行った際には「胃ポリープの疑い」だったので一先ず様子を見たのだが、今回はそれが「胃底部・胃ポリープ」とはっきり診断されたのだ。先生と一緒にレントゲン写真を見て、ポリープの位置を指摘されると、
――― ここの3ヶ所がそうですね。
なるほど、小さな突起状のものが幾つか写っている。
――― 恐らく心配ないレベルだとは思いますが、内視鏡で直接診た方がいいでしょう。
内視鏡…、それって胃カメラのことだよな…。ついに飲む日が来たか。
実は、私の母親は慢性的に胃が弱い。だから随分と昔から胃カメラのお世話になっていて、呑んで病院から戻る度に、「苦しいよ〜、あれは、、」とか、「できればやるもんじゃないね〜」の連発だったから、身近にいた私の耳には悪いイメージが少しずつ堆積していき、脳裏には知らぬ間に<胃カメラ=避けたい>の公式ができあがっていたのだ。だから要再検査の判定には正直動揺を隠せなかった。
――― しかしだ、若しそのポリープが悪性だったらどうする?!
そう考えるだけで胃が重く感じてきて、気がつけばネットで“胃癌”を検索する情けなさ。しかし考えていたって前へは進まないし、胃癌は早期発見での治癒率が高いというから、とにもかくにも胃カメラをやる病院を探さねばならない。いつもだとこんな時は武蔵境の日赤病院へ行くのだが、とにかくそこは混む。
――― そうだ。市役所の隣に病院が新しくできたよな!
Webで調べてみると、そこは「武蔵野陽和会病院」といい、大昔、亡くなった祖母が入院していた<西窪病院>が移転し新設したものだった。なるほど、西窪病院だったら安心だし、施設が新しいから最先端の医療設備を導入しているに違いない。健康保険センターから借りてきた胃のレントゲン写真を持参すると、早速休日に武蔵野陽和会病院を訪れてみた。
開業間もない同病院の第一印象は「きれい」。明るい院内とテキパキ対応するスタッフが心地良い。
受付を済ませ検査日の予約を取ると、ついでに2週間ほど前から痛みが気になる“左肘”の具合を整形外科で診てもらうことにした。しかし、改めて色々なところにトラブルがあるものだと関心してしまった。
診察室へ入ると20歳代だろうと思われる若い先生が、
――― それではちょっと腕を見せてください。
肘のこの部分の痛みが中々取れなくて困っていると伝えると、
――― 拳を押さえていますので、それに逆らうよう上へ持ち上げてみください。
痛ぅ!!
激痛が走った。
――― 恐らくこれはテニス肘ですね。念の為にレントゲンを撮りましょう。
結果、関節には異常がなく、やはりテニス肘と診断された。実際にテニスはやらなくても、その部分の筋肉を使い過ぎると発症するという。毎日の仕事であるバイクの取り扱いに原因があるのかもしれない。
その後、湿布をしたり、先生から教えてもらったストレッチングを毎日続けたりはしているが、今のところ症状が良くなる兆しは全くない。
そうそう、冗談のようは話だが、反対側の右肘は何と“ゴルフ肘”なのである。

X-Dayである4月18日は、朝から何も食べたり飲んだりはできない。しかしこれが緊張感を高揚させ、落ち着きを失う要因となるのだ。
――― こうなったら“まな板の鯉”だ!
病院まで行ってしまえば後戻りはできない。だからかえって気が楽になるかもしれない。まだ少々時間は早かったが思い切って出掛けることにした。
消化器科の待合室で待つこと3分。看護士さんに呼ばれ、診察室とは逆方向にある、地下1階の処置室へと案内された。ついに来たって感じだ。
入口の脇にある椅子に座っていたら、向かいの部屋から右手首に点滴針を刺された顔の青白い青年が出てきて力なく私の隣に座った。
――― 彼もこれから胃カメラか?!
それから間もなくすると、彼は看護士に呼ばれ処置室の中へ消えた。思わず聞き耳を立ててみたが、誰かの会話らしき小声しか届いてこない。廊下の静けさと共に妙な緊張感が走り、喉が強張ってくるのが分かる。そして今度は柱の向こう側に座っていたおばさんが、看護士に呼ばれて向かいの部屋へ入っていった。暫くして出てくると青白い青年と同じく右手首に点滴針が固定されている。恐らく処置室に入ってから何かの薬剤を注入する為に使うのだろう。
――― お待たせしました。そこへ掛けてください。
あ、はい。
――― 右手首に注射の針を固定しますね。これは生理食塩水ですのでご安心ください。
なるほど、これは全員にやるものなのだ。
胃カメラ初めてなのでお手柔らかにと告げると、
――― (笑)。それじゃこれを口に含んでください。
何ですかこれは?
――― 凍らせた麻酔薬です。
なるほど。これを口の中でゆっくり溶かせば、喉の周りに麻酔が効いてくるんだな。
このアイスキャンディーの効き目はてきめんで、含んで1分も経たないうちに口の中がピリピリしてきた。喉周り全体が痺れて、唾を飲み込むだけでもぎこちなくなる。
その後再び廊下の椅子で待たされた。

おっ、青白い彼が出てきたぞ!
うわぁ〜〜、青白さが倍増している…。彼の引き攣った顔を見ていると、どんどん恐怖感が増幅していく。看護士と二言三言のやり取りをすると、1階の会計窓口へ通じる階段を上って行くのだが、その足取りはふらついておぼつかない。きっと病状が重いのだ。まだ若いのに大変だな。
それから15分経って次に入ったおばさんが出てきたが、彼女は何事もなかったという感じで、青白い彼とは非常に対照的だ。慣れているのか、はたまた“女性の度胸”か?!何れにせよちょっぴり勇気付けられたことは確かだ。

――― どうぞお入りください。
き、きたぞ。私の番だ。
――― 荷物はそちらへ置いて、ベッドで横になってください。それからベルトは緩めましょうね。
やけにテキパキしている。だから進行のテンポも速い。色々な不安が沸きあがる隙もなく準備が整っていくのはかえって良かったのかもしれない。ここでも胃カメラ初心者だと伝え、お手柔らかにと頼んでみた。
その時ドクターが看護士へ指示を出した。
――― ○▲※、2.0ね。 あ、ちょっとまって、2.5。
――― はい。2.5ですね。
なんだろう、2.5の中身は。気になる…。
私の勝手な予想では、ずばり鎮静剤の量ではなかろうか。一応胃カメラ初心者を告げたので、精神的なプレッシャーを考慮し調整してくれたのだろう。こんな時は好意的に想像するのが一番である。それにしても目の前にどっしりと座るドクターは、熟練を絵に描いたような風貌で実に頼もしい。
――― 口をあけてください。麻酔します。
CRC5-56の様な缶スプレーのノズルを口の中へ向けると、喉の奥めがけて冷たい液を発射した。みるみるうちに痺れてくる。先ほどのアイスキャンディーとのW麻酔でバッチリと麻痺させるのだ。
――― これ噛んでください。
マウスピースだ。次は胃カメラそのものが入ってくるぞ!
――― モニターを見ていた方が逆に気が散っていいかもしれませんよ。
なるほどね。ベッドで横になるとモニターが眼前に来るよう調整してある。
そしてここからが凄かった。鎮静剤が効いたのか、少し頭がボーッとしてきて、何気に虚ろな視線を泳がしていたら、突然モニターの電源が入り、何と画面いっぱいに“自分の体の中”が映し出されたのだ。
おおおっ、これは食道か?!はたまた胃?!
ちょっとまてよ…。ということは既にカメラは喉を通り越しているのか?!
これには驚いた。胃カメラは苦しいとか大変だとかさんざ聞かされてきたのに、実際のところは体内に入り込んだことさえも分からないほど楽なものではないか。急にゆとりが出てきて、暫しモニター内の神秘的な世界に集中することにした。
素人目で見ても胃の壁面に不具合はなさそうな気がする。暫くカメラを色々な角度で動かしていると、胃のレントゲン写真で指摘された問題のポリープが見えてきた。
――― 疣状のもので問題はないと思いますが、とりあえず切り取って検査に出しますね。
画面では既に切り取る作業を始めている。とにかく手際が良い。
むむっ、血が出てきた。もう摘出したのだろう。この後徐に胃カメラを抜き出すと、検査は全て終了したのだった。時計を見ると大凡の処置時間はほんの15分程度。呆気にとられるとは正にこのことだ。
胃カメラ経験者の殆どは、皆口を揃えて“苦しい”と言うから、今回の武蔵野陽和会病院の先生は余程の達人だったのだろう。真面目なところ、胃カメラに不安をもつ全ての人々にお奨めしたい病院である。そして看護士さんもやさしくて親切な人ばかりだ。
  1. 2007/04/25(水) 16:18:01|
  2. おすすめ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

デニーズ時代 その5

浦和太田窪店では色々な面で実社会の大変さや辛さを味わった。
開店当初は順風満帆に思えた同店であったが、2ヶ月もした頃から、怪我が原因でクックが退職したり、急激に速度を増した出店ラッシュの煽りを受け、補充もなくスタッフを減らされたりと、職場環境は日を追う毎に荒れ模様となっていったのである。疲労困憊となったスタッフの士気は当然の如く下がる一方で、この様な状況下には理想的なチームワークなど生まれる訳もなく、店内は終始ギクシャクしたムードに包まれ始めたのだ。気がつけば、オープンの頃の明るく活気付いた雰囲気は店から完全に消え去っていた。
このパターンは最悪である。やる気は既に失っていたが、とにかくやらなければ店は動かないので、己に鞭を打ち、最低限の仕事だけを坦々とこなしていったのだ。
これだからミスも頻発する。
――― ハンバーグ生焼けだよ!
――― オムレツの中に卵の殻が入っているじゃないか!
――― このご飯、芯があるよ!
はい、はい、はい、はい、はい、だ。
こんな時、ちょっと前だったら愚痴をこぼせる同期の仲間が二人もいたのに、今はリードクックのIさんと、アルバイトのキッチンヘルプしかいない。当然ストレスは見る見るうちに蓄積していったのである。
ある日、帰宅して風呂へ入ろうと下着を脱いだら、体中いたるところに発疹ができていてびっくりする。これには正直萎えたし、見た目だってかなり気持ちが悪い。生まれてこの方こんなものは一度だってできたことはないから、体が相当悪い状態になっているのだろうと、不安は急速に募っていった。
凹んでいてもしょうがないので、休日に自宅近くの皮膚科で診てもらうことにした。
先生は女医さんだった。
――― 上半身裸になってください。
あ、はい。
――― ふ〜ん、かなりできていますね。
だからわざわざ来たんだろーが。
――― 心配はないと思いますが、一応皮膚の一部を採って検査してみます。
先生、何か考えられる病名は?
――― ストレスだと思いますよ。
ストレス?! それでこんなになっちゃう?!
1週間後の検査結果は異常なし。この時無性に自分が可哀相だと思えた。
積み重なった精神的ストレスで、体がこれだけの変調をきたすなんて思ってもみなかったからだ。
給料を貰うのは容易なことではないと、この頃から実感することになる。

人員不足の毎日は辛く厳しく、心身共に疲労は積み重なっていった。こなすだけの仕事に生産性は見出せないし、況してや楽しさなんて微塵も感じられない。そして特にきつかったのは長時間労働を強いられることだ。毎日最低15〜16時間は拘束される。早朝6時過ぎに出勤して、上がれるのは殆ど21時過ぎだ。
――― 何故これほど働かなければならないか?!
その原因は恒久的なクックの人員不足にある。
特に酷い時は、各シフトにクックが一人しか配置できず、ランチピークやディナーピークに対しては、クックがシフトを飛び超え慣習的にヘルプをしていたのだ。簡単に言えば、早番はディナーピークをこなさないと帰れないし、本来は14:30出勤で良い遅番が、何と11:00に早出して毎日のランチピークを手伝うというもの。これじゃ正直続かない。
劣悪な職場を絵に描いたようだった。
思い出してみると、当時の店長であったSUは本当に使えない男だった。
店管理が全くできないばかりか、ちょっと鼻風邪をひけば躊躇なく帰宅してしまう軟弱野郎だったし、忙しくなったからと探してみれば、何とバックヤードでMDとお喋りの花を咲かせている正真正銘の大馬鹿者であった。それでも人手不足の折、上層部の連中には意外と可愛がられていたようだ。
そしていつしかSUのギョロ目を見るたびに、
――― 胸糞悪い!!辞めてやる。
と本気に思うようになったのである。
実際に退職願を認めたのは、入社以来始めてのことであった。
  1. 2007/04/17(火) 22:54:49|
  2. デニーズ時代|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

穴場

桜作戦は失敗であった。
30日(水)の松崎は、歩くだけで汗ばむくらいの初夏模様だったが、肝心の桜といえば満開には程遠い状況であった。那賀川沿いの開花率は大凡20%程で、被写体としてはお話にならないレベル。出掛ける前に豊崎ホテルへ確認の電話を入れておけばよかったのだが、逸る気持ちは抑えることができず、
――― 南伊豆は春真っ盛り!
なんて勝手に思い込んで突っ走ったのが失敗だった。唯、松崎の“春真っ盛り!”は偽りでなく、海の光、そよぐ風、そして咲き始めた大規模花畑の花々等、町の彼方此方に春を象徴するものが溢れかえっていたのだ。sakura.jpg

いつものように港へ車を置き、那賀川河口から街中方面へゆっくりと歩いてみた。
平日なのに観光客と思しき人達といたるところですれ違う。恐らくJRの駅張りポスターで、観光地「松崎」が大きくクローズアップされてから訪れる人たちが増えたのだろう。彼らをよく観察すると、“団塊の世代”と思しき夫婦者が目立つ。誰に邪魔されることもなく、これから始まる第二の人生を謳歌するのだ!
商店街へ差し掛かると、この町には不似合いなブラックスーツに身を包んだ男性二人とすれ違った。
――― 葬式か?!
案の定、商店街の一角で通夜をやっていた。
葬儀場の前を通過する際に、奥まった祭壇へ目をやると、恰幅の良い年配男性の写真が飛び込んできた。
そのまま歩いていくと殆どの商店が休業していることに気付く。田舎にありがちな「町を挙げての…」であろう。
――― ん?、まてよ!
松崎へ寄ったら絶対に買って帰ろうと思っていた、「黒米焼酎・百笑一喜」のことが急に心配になり、慌てて酒屋へ行ってみると、やはり店は閉まっていた。これにはちょっとがっかり。
この百笑一喜、黒っぽいボトルからは想像し難い、爽やかな飲み心地がとてもナイスな一品なのだ。
何となく今日はついてない。
おまけに葬儀場の線香の匂いを嗅いだとたん、松崎で食事をする気はいっぺんに吹き飛んでしまい、撮影も中途半端のまま、とにかく町を出ることにした。

昼を過ぎた。腹は確実に減っていたので、昨年“小鯵寿司”を食した宇久須へ行って食堂を探すことにした。
――― 今日は新鮮な刺身でも食べるぞ!
と、張り切って自宅を出た筈なのに、なぜか味濃いものが欲しくなる。前からその辺にあったことだけは覚えていた、R410に入って直ぐ左側にある中華料理屋へ入ってみることにした。
ちょうど昼時とあって、店内はほぼ満席の大盛況。
――― 人気の店なのかな?
注文したタンメンには期待が掛かった。
しかし待たされること20分以上。これだけ混んでいるのだからしょうがないよと、自分を納得させようとするが、気分は既に下降線。
先ずはスープを飲んでみる。
――― 至極普通。
何の変哲もない、ごく普通の塩味。
それじゃ次は麺だ。
――― 随分と細い面を使っているな、でも食感は在り来り。
食べ始めはそんなところだったのだが、その後がいけなかった。
私の食べる速度は決して遅くはない。ものによっては速い方なのだが、
そのタンメンを半分程平らげた頃には、何と“熱湯入れて3分”のカップ麺を、誤って5分も経ってしまった状態とほぼ同じになってしまったのだ。腰のなくなったフニャ麺と、しゃきっとした野菜では余りにもバランスが悪すぎる。
後味悪く店を出る。

――― やっぱりついてない。今日は引き上げよう。
仁科峠越えで湯ヶ島へと向かった。
タイトなワインディングを延々と走っていると、体が左右に振れ確実に腰へのダメージが蓄積していく。余談だが、こんな峠道ではバイクの方が全然楽だし面白い。
疲れがピークに達したときだ。突然「ゆ」の看板が目に入った。仁科峠からは持越川沿いに下ってきたのだが、その温泉は山の斜面が切れた川向うに忽然と姿を現したのである。迷わなかった。車を駐車場に入れると、早速暖簾をくぐってみた。
温泉宿は「いずみ園」という。日帰り温泉をうたい文句にしている安価な宿だ。受付で入浴料の700円を払う。そのまままっすぐ廊下を歩くと、突き当たりが男湯になっている。手前に内湯、その先が露天という何の変哲もない配置なのだが、入浴客が少ないせいもあり、とてもリラックスして源泉掛け流しを堪能できたのだ。一時間半も居ただろうか、おかげで腰の痛みも随分と楽になった。
桜狩は思わぬ結果となってしまったが、今回もまた一つ穴場を見つけることができ、結果はAll rightである。
  1. 2007/04/05(木) 21:29:07|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0