MK Digital Photo Gallery/Word

【MK Digital Photo Gallery】がメインページなので 、下記Linksをクリックしてください。

デニーズ時代 その3

私が入社した1978年頃からデニーズの出店ペースは加速度的になった。
小金井北店に初配属されてから早くも3ヶ月で、新店舗となる埼玉県の「浦和太田窪店」への異動が通告された。やっと日々の流れに慣れてきたところだったから、何となく気持ちの整理がつかないまま、上からの命令だから致し方ないと、半ばヤケクソ的な気持ちになって辞令を読んだものだ。唯そんな時、アルバイトの人達の暖かい気持ちにも触れることができ、随分と励みになったことを良く覚えている。短い間だったにも拘らず、何人もの人から激励の言葉を貰ったり、餞別にと当時吸っていた好きなタバコをプレゼントされたりと、心底ありがたい気持ちで胸がいっぱいになった。
デニーズはアルバイトなくして成り立たない>という言葉の意味合いを、この頃から実感していくのであった。

新店である浦和太田窪店には私を含め3人の新人クックが登用され、その上にリードクックのIさん、先輩クックのOさんが付き、総勢5名の正社員クック体制でスタートした。
当然ながら新店開店は初めてなので、どの様な仕事があるのだろうと当初は興味ばかりが先行していたが、案の定ルーティンワーク以外の準備作業が山ほどあって、時間に追われる目まぐるしい毎日が始まったのである。
キッチン内のレイアウト作りと同様に、毎日運ばれてくる新店オープン用一式食材を、きちっと乾物倉庫のドライストレッジ、氷点下20℃のフリーザー、そして大型冷蔵庫へ配列していくのも大変重要な仕事だった。もちろんその並べ方だってマニュアル通りにやらなければならないから、中々簡単には作業が進まない。
全店統一の配置にすることにより、例えば他店のクックが急遽応援に入ったとしても、何の違和感もなく直ぐにスムーズな作業に入れるわけだ。これも随分と叩き込まれた<チェーン理論>の成すところだろう。
こうして毎日の準備作業は大変なものであったが、実はそれと平行して新店ならではの楽しみも発見してしまい、これが日々の潤いとなり、はたまた仕事への原動力にもなったのだ。
何を隠そう、それは女性アルバイトの面接&採用だ。
当時のファミリーレストランは女子高生・女子大生の花形的アルバイト先であって、うちの店も例に漏れることなく若い女の子が大勢面接に来店したのであった。しかしこうなるとキッチンで作業をしている間も気になってしょうがなくなる。ディッシュアップカウンターからバイザー越しに店長と話をしている若い女の子を認めると、もう手は完全に止まってしまう。
――― おいおい、あの子結構いいと思わない!
同僚のNが小声をかけてくる。
――― 分かってるって、俺もさっきからチェック済みさ!
二人が凝視していたのは、後に採用されMDとなった目のくりっとしたスレンダー美人のK子さん。
Nは言った。
――― あんな子と一緒に仕事ができるなんて、やっぱりデニーズは最高だよ。
ほほー、奴も俺と同じ価値観じゃん。今振り返っても変な納得の仕方である。
しかしその時は真剣に“あの子採用されないかなーー”って思ったものだ。
正しく青春真っ只中である。


<続く>

  1. 2007/01/26(金) 22:03:30|
  2. デニーズ時代|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

写欲の低下

デジタルを始めた頃から馴染みの撮影地となった三浦半島。何とかそこの雰囲気を上手く表現できないものかと、特に昨年は数度に亘り城ヶ島周辺を中心とし、港、建物、風力発電etc.を撮り続けてきた。HPへはどのカットを掲載しようかと1枚1枚念入りにチェックしたのだが、それなりの雰囲気は掴めているなと一安心する一方、自分の感じる三浦の魅力はまだまだ表現できていないように思えた。

――― 三浦半島の魅力とは?
伊豆半島等と較べると、数分の一しかない狭いエリアの中に変化のある海岸線、田園地帯、横須賀基地、緑多い丘陵地帯と、多種多様で盛りだくさんの景観がひしめきあっていて、特に三浦海岸から南側の半島先端部分ではビビッとくる構図を至るところに発見できるのではないだろうか。
しかしそれほど魅力的なところなのに、何故かこの頃納得のいく画が撮れなく弱っている。
そもそも自分のimaginationとは何が元となり沸き立ってくるのか…。

「気分」 ――― かもしれない。
尤も悩みや問題事が多ければ、写真どころではない。
唯、それほど普段の生活は病んでないように思えるが、一つ気掛かりなこともある。昨年最後に三浦へ行った時、何故か全ての景観がベタに見えてきて、とりあえずシャッターは切り続けるものの、充実感はまるでなく、楽しさの欠片も感じることはなかった。当日の心理状態は定かではないが、その時の精神がそう感じたとすれば何らかのマンネリズムが宿り始めたことになる。

ハイビスカス



「写欲の更年期」 ――― 怖いことだ。
では何故写欲の低下が起きるのか…。
これについては何度も良く考えた。やはりキーワードは“刺激”だろう。根本的に刺激が足りないのだ。
私に必要な刺激とは、行動と見聞から作られる。振り返れば八重山行から以降、ワクワク感を味わった例がない。初めての一人旅は、全ての事象を独り占めにでき、それを自由に感じる楽しさを教えてくれた。しかも時間を感性の赴くまま好き勝手に使えるから、押してくるプレッシャーなど全くない環境で気持ちよく撮り続けることができたのだ。こいつを一度体験すると確実に病み付きになる!
このように感性を定期的に刺激してやらなければ、写欲は徐々に痩せ細ってしまうのかもしれない。
  1. 2007/01/25(木) 15:31:51|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

デニーズ時代 その2

私がK店長に指示された初の勤務シフトは遅番であった。同じ店に配属された同期入社は私を含めて4名。当初はオリエンテーションと称し、9:00~18:00の時間帯で何でも一緒にやってきた新入社員達は、この頃から徐々に各自の仕事をマスターしつつ各シフトへと実戦投入されていくのだ。
デニーズの新人教育システムは全てがマニュアルベースになっていて、短時間でも戦力となるよう実にシステマチックに出来上がっている。クックとして最低限身に付けなければならないスキル等は<13週間トレーニング>というマニュアルに沿ってOJTされるが、学ぶ者はもちろん教える側にも使い易く、カリキュラム上の履修漏れが非常に少なくなるというメリットもある。
さて、早番と遅番には14:30〜15:30に1時間のオーバーラップがあるのだが、この時間帯は殆どのスタッフが掃除に集中する。ランチピークで汚れ散らかったキッチンを、次に来るディナータイムに向けてピカピカに復活させるのが主目的だが、その項目はたくさんあり、たとえやり方を覚えたとしても時間内に終らせるのはかなり厳しい作業内容ばかりだ。先ずは先輩社員のHさんからスノコ磨き教えられた。
調理場の床は水や油等で非常に滑り易く、木製のスノコは必需品。2セットあるこれをこのインターバルに毎日入れ替えるのだが、酷く汚れた表面をデッキブラシできれいにしていくのは意外と大変な作業であり、コツを覚えないと時間ばかりが経ってしまう。
すると、
――― いつまでやってんだぁぁぁぁ!!
と大声で怒鳴られることになる。
後でしみじみ感じたことなのだが、スノコ磨きも含め、色々な仕事を組織の中でそつなくやっていくには、場の空気を読んだ上での“適切な加減”が必要だ。これを巧みにやっていけるか如何で仕事の楽しさに天と地ほどの差が出てしまう。因みにうまくやれる連中のことを世間は“世渡り上手”と言うのだろう。
参考までに、スノコ磨きに使う洗剤はジョンソンの「フォワード」という青い液体で洗浄力は恐ろしく強力。スノコ磨きだけではなく店内外の殆どの汚れに対し有効な万能洗剤だ。
さて、もう一つだけ作業を紹介しよう。それは熱地獄のグリル板磨き。
グリル板とは俗に言う鉄板焼きの鉄板のこと。デニーズでは大凡100×60大のものを常時加熱して使っており、パンケーキ、フレンチトースト、ハッシュブラウンポテト、そしてしょうが焼き等はこれで調理する。
そしてワンシフトも経つとグリル版の表面全体は酸化皮膜で真っ黒になってしまうが、この皮膜は非常に頑固なもので、鉄ヘラで擦る位では絶対に落ちるものではない。そこで搭乗するのがグリルストーン。言わば砥石だ。グリル版磨きとは、この砥石を使ってチンチンに焼けた鉄板をシュッシュッシュッと丁寧に磨き上げていく作業のことだが、夏などは堪らないほど大汗をかくことになる。
どれもこれも楽な作業はないが、更にこのインターバルの掃除が終れば息つく暇もなくディナーの仕込みが始まる。まあ、慣れないとこいつは本当にシンドイ流れなのだ。
<続く>
  1. 2007/01/17(水) 08:19:55|
  2. デニーズ時代|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

使い慣れたレンズ

カメラ好きにとって保有レンズの薀蓄を語るのは実に楽しいこと。使い続けてきたレンズには思い出が宿っていて、どれもそう簡単には手放せない存在となっている。使い慣れたことで得られる安心感は、被写体にのみ集中できるという、撮影者にとって無くてはならないメリットを与えてくれるのだ。
さて、近年最も頻繁に使っているレンズといえば、やはりSIGMA 18-125mm F3.5-5.6 DCになるだろう。ワイド端の周辺光量不足が致命的とも言える問題レンズだが、ズーム幅が私にとって最も使いやすい位置にあるので、撮影のリズムに乗り易くイメージもどんどん膨らむ楽しさがある。そしてそれを助けるのが本体の重量だ。何と400gを切っているので、軽量なD100と組み合わせると、半日以上歩き続ける私の撮影スタイルに最もマッチする。だから本音を言えば同じく軽量のDXサイズである、Nikkor ED 18-135mm F3.5-5.6Gにチェンジしたいところ。人気のNikkor18-200mmVRもかなり魅力的な存在だが、やはり重量の問題とコストパフォーマンスに多少引っ掛かるところがあるので、今はそれほど食指が動かない。
それにもう一つニコンには期待していることがある。
巷で流行しているズーム幅18-125~135mmの各メーカーレンズ群は、夫々に一長一短はあるもののベテランからビギナーまで幅広く受け入れられる使い易い商品であることは確かだ。しかし本音を言えばワイド端をもう2mm、つまり、もうひとふん張りしてもらって16-135mm辺りを、先ずはニコンが商品化してくれると理想的になる。昔からの慣習からか、広角撮影ではフルサイズ換算24mmが自分的には一番使い易い画角になり、それが同じくフルサイズ換算でテレ側大凡200mmまで引っ張れるズームレンズとなると、私の撮影スタイルであるならばズバリこれ1本で事が足りる。況してやNikkorなら画質にひとかけらの不安もない。

――― 参考までに。
先日の冬休み撮影大会では、やはり使い慣れたSIGMA 18-125mm1本で撮りきった。
  1. 2007/01/08(月) 08:39:23|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

年末撮影大会 in 松崎

新年明けましておめでとうございます。
今年もニコンを抱え頑張っていく所存ですので、どうぞよろしくお願い致します。
さてそれでは早速“年末撮影会”の顛末を…

今や年中行事へと昇格した年末年始撮影大会。前回までは日帰りとしていたこの大会も、今回より念願であった一泊にグレードアップ! 余裕が大幅に増えた行程ではより深く撮影に没頭できるようになり、更には新鮮な海の幸を目の前に、旨い酒で一杯出来る喜びも十二分に堪能。二日間の楽しさは最早従来の比ではなくなった。
冬休みの第1日目である12月29日(金)、迎いに来てくれたT氏と自宅を6:00ちょっと過ぎに出発する。天候は文句なしの超快晴。東名高速の流れも順調そのもので、先月の下田撮影行とほぼ同じルートを使い、伊豆東海岸から時計回りで松崎を目指した。

――― この撮影会も何回目になるだろう…。
伊東で朝食をとり、川奈、伊豆高原と車を進めた頃、T氏との会話の流れから、ふと過去の撮影大会の様子が懐かしく思い出された。
T氏がキヤノン10D、そして私がニコンD100を手に入れたときはお互い有頂天だった。
――― レンズを買い漁り、闇雲に撮りまくる。
このサイクルが何とも楽しく、デジタルカメラならではの経済性を駆使した試写の繰り返しからは、多くの撮影ノウハウや被写体の捕らえ方等が急速に得られ、暫し熱中することになる。特に中央部重点測光を使った露出設定は、私の撮影方法のクセとまで言えるようになった。参考までにプログラムオートと比較すると、同じ被写体を同じ条件で撮った場合には大凡一段暗くなる。
まあそんな感じだったから、いざ撮影本番となっても更なる試し撮りだと言わんばかりに、マシンガンの如くシャッターを切っていくパターンとなったのだ。
そしていつでも良く歩いた。3時間歩いては撮り続け、1時間の昼食休憩があって、その後また3時間歩きながら撮るというのが我々流だ。

河津を通過する辺りから俄かに風が強くなってきた。海を見渡せば白波が立っている。
今回下田はノンストップとし、弓ヶ浜手前を右折した後は、目と鼻の先にある石廊崎灯台へ立ち寄ってみることにした。
場所が場所だけに先端へ行ってみると恐ろしいほどの強風が吹き荒れており、踏ん張ってカメラを構えても振られる始末で、おまけに気温もかなり低く、とてもじゃないが楽しい撮影はできそうにない状況。
仕方がないので適当に切り上げ車に戻ると、早速潮風に晒されたカメラを点検した。案の定レンズがかなり汚れている。しかもレンズペーパーで拭き取ろうとすると表面がかなりべとついているので、持参してきたクリーニング液を使い念入りに掃除をした。

byaku



差田の交差点を左折してそのまま進むと道がストレートになり、間もなく目に入った「びゃく」という小奇麗な食事処で昼食とした。品書きを見るとあなご丼と地魚寿司が自慢メニューらしいが、夕飯には民芸茶房でたらふく海の幸を食らう予定なので、ここでは胃に負担を掛けぬよう天ぷらうどんを注文した。
待つこと5~6分。出てきたのは別皿に天ぷらが盛ってある中々洒落たもの。食べてみるとこれが美味しいのである。天ぷらは、えび、いか、あしたばの3品で、どれも程よく揚げられており、そのまま丼に放り込んでは少々もったいないと思うほど。うどんを啜りつつ塩でその食感を味わったのは正解だった。

松崎には15:00ちょっと前に到着。酒やつまみの買出しをした後、今夜の宿である「豊崎ホテル」へチェックインする。
――― 静かでシンプルでそして安価で。
松崎という街のイメージにぴったりといった感じが伝わってくる。
部屋に荷物を置き一服した後、予定通りにカメラを担いで港方面へ出掛けてみた。

bouhatei


――― さ、寒いぃぃ!!
風は依然として収まることがなく、体感気温は既に石廊崎を下回っている。防波堤を打つ荒波を撮っていたのだが、油断をすると三脚ごと倒れそうになるほどで、それを押さえていた手の指も悴んで痛くなってしまった。どうやらT氏もギブアップのようだ。撮影は約1時間で打ち止めとしホテルへ戻ることにした。
冷えた体を温めるには何と言っても温泉である。早速四階にある展望浴場へ行ってみた。
――― “展望浴場”ってさ、露天のこと?
――― まさか、露天しかないとか?!
――― おいおい、そりゃちょっとキツイぜぇ。
な訳などない。実は窓が大きくとってあるから展望浴場なのだ。
湯船は小ぶりだが、たっぷりしたお湯はどんどんと体を芯から温めていく。冷え切り過ぎて最初は感覚のなかった両手指も徐々に動きが良くなっていき、気分は正に「復活」なのである。
浴衣に着替えリラックスすると、待ちに待った民芸茶房へ。
今宵の夕食は如何に! 腹ペコ状態の我々は、期待をこの上なく膨らましつつ、宿泊客専用の座敷へと案内された。
さて、こんな時はとにかく乾杯だ。T氏はビール、私は日本酒でスタートした。
――― うんっめぇ〜〜!
偽りざる一声である。染み入るとは正にこの様な感覚なのだろう。気分のいい酔いが一気に回り始め、次から次へと運ばれてくる松崎港の幸と共に、夢見心地の夕食が始まったのだ。

sasimi-mingeisabou


先ずは刺身。こいつは期待以上だった。真ん中を飾るのは小鯛、そして、太刀魚、カンパチ、鯵、メダイ、金目ダイ、甘エビ、ヤリイカが周りを固める。どれも新鮮そのもので、特に初めて味わう太刀魚の刺身には感激一入。サザエのつぼ焼きは潮の香り満載、甘い甘いサクラエビの刺身、特製掻揚げは抜群の食感、そしてお馴染みのキビナゴ焼きも美味健在である。
これだけの料理を肴にして飲める酒は正しく格別で、T氏と共に今年最後の贅沢を心行くまで楽しんだのだ。
至極当たり前のアイテムだが、温泉、旨い食べ物、そして酒の組み合わせは、日本人が欲する安らぎと癒しを確実に与えてくれるものだとつくづく感じてしまった。

翌朝目が覚め部屋の障子を開けると、昨日までの強風がうそのように止み、穏やかな青空が広がっていた。
  1. 2007/01/02(火) 23:12:29|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0